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政治とは、結局、人間集団各自の、利害関係の調整だと思う。 ただし、その調整を、なごやかな対話だけでなく、時に鉈をふるって非情に行わなければならないときもある。

 きれいごとでないのは、確かだ。

 00年ごろのJICA在外調整員がとても駄目で悪質に見え、実際そうだったのは、
 「JICA組織・正職員・調整員」・「現地政府・現地国民」、の利害の調整には熱心だったが、
 「末端の協力隊員や日本国民」の利害は、調整する対象に含めていなかったからだ。

 もっとも、在外調整員の職責と権限に、あまり多くを求めるのは酷で、基本的には、彼らの上層の行政府の責任になる。
 (法律がまずかったなら、立法府の責任にもなる。)

ーーー
 ただ、在外調整員の上司たちは、調整する集団の「対象」や「優先順位」を間違えていただけで、
 「利害関係を調整する」、という行為自体は、そう否定するべきものではない、と最近になって気づいた。

 たしかに多田氏などは、非常に真面目にスペイン語を勉強して交渉ごとに使いこなしていたので、他の人間性も含めて、
相手の良いところは、評価して、認めて尊重し、自らも学ばなければならない。

ーーー
 調整型の政治家は、人の話を良く聞いて、情報や相手の利害を理解する、という意味では、大事だと思う。
 ただし、一般論で、比較的に、平和で豊かな時代に、うまくいくタイプ、なのも事実だ。

 独断型の吉田氏・小泉氏に比べ、調整型の天才だった田中角栄がうまくいったのも、豊かな時代であった分があると思う。
 田中氏の後継者の、調整型の小物総理たちは、結局、将来の世代に付けを負わせる形で、国債の借金を重ね、当時の利害関係者たちの欲望を満たし、目先の平和を維持したのだから。

 結局、小泉氏が、大なたを振るって、非情で嫌われる側面を見せながらも、どこかの人たちの利益を削減しなければ、ならなかったのである。
 (郵政民営化、構造改革など。)

ーーー
 利益が増えるだけだったら、こんなよいことはない。
 しかし、利益が増えない、むしろ、利益が減っていく、こういうことを教えるのも、政治だ。

 100の努力をしたら、努力に見合っただけの100の見返りが来る、は正論である。
 
 しかし、利益が減っていく時代では、
 「100の努力をしても見返りがゼロ」、「よほど工夫して、うんと1,000の努力をして、利益の減少幅を、ほんの少し10ほど、小さくできるかどうか、」という、
 非常に根気が要り、効率も悪く、心理的にも面白くない、こういうことになりうる。

ーーー
 金融危機の時代は、ある意味、スケールは違うにせよ、中世の寒冷期の欧州にも似てくる。
 
 クリスマス商戦が売れなくなり、人々に余裕がなくなり、殺伐とした世相になってくる。

 非寛容や狂信が流行し、トラブルが頻発するようになる。

ーーー
 こういう時代には、たとえば、
 過剰に富が流出している行政府内の、天下り慣行・官庁の無駄な出費・非公正な独法制度、の構造改革。
 および貧困の原因となる、一時的な経済成長しかもたらさない、短略的で安易な人口増加の食い止め。

 こういうことができるような人物でないと、国レベルや、世界をリードする先進国の政治家は、勤まらないと思う。

 冬に首を切られた派遣社員の救済に国費を出すのは、人道の範囲では妥当だと思う。
 しかしそれは、一時しのぎにしかならない。

 長い目で見て、国をどうするかである。
 また、結局は全員が負担するとはいえ、誰にどの程度、利益の削減の負担を背負わせるか、も出てくる。

ーーー
 これはきれいごとではなく、損をする話なので、当事者からは、様々な抵抗が出てくる。
 自身で自主的に「この程度なら」、と利益を削減するのと、他人から強制的に利益を削減させられるのは、削減の程度も心理的負担も、大きく違う。

 しかし、権力を持つ者は、全体のために、それを、時に非情にでも、しなければならないのである。
 権力と責任は表裏一体である。
 
 古代より、権力者は、貴族と民を支配するための剣を持ち、同時に、貴族や民からの陰謀や反乱の剣が、玉座の上に糸1本で吊り下がっていた。

 非常にタフで、非常に賢い人間でなければ、権力者はつとまらないと思う。

ーーー
 独裁国家は、よほどの名君の時代でなければ、暗君や暴君を抱え込む、リスクを負っている。
 君主が愚かだったり過剰に自分勝手だと、貴族や民は過剰に苦しむことになる。

 民主主義国家は、権力が分散している分、一人の人間の資質に、右往左往するリスクは少ない。
 しかし、危機の時代に、無責任にならずに、権力がきちんと対応できるかが、システムの限界はあれ、試されることになる。

 選ぶ人たちの選眼、選挙で選ばれた人たちの資質、権力を分散させた複雑な統治システム、
 その相乗効果が、試されることになる。

 いずれにせよ、結果が全てである。
 いい結果に結びつかない場合、上記3つのうち、どこかに欠陥があるということになる。

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