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«  良質な知力秩序の構築の必要性について。 | トップページ |  障害者政策について。 »

 公職への障害者特別枠の廃止の必要性。 および公共機関による、大企業への障害者雇用の強要脅迫を禁止する、必要性について。

 障害者福祉において、「自立」という言葉は、やはり止めた方がいいと思う。

 動物の世界で、自立しているのは、野生の狼や猪であり、ペットの犬や養豚場の豚ではない。

ーーー
 人間は、進化の流れで社会性と知能をもってきた生物だが、一人でできないことは「助け合い」ながらも、それは、お互いに「得」をするために、共同してきたものだ。

 太古の時代、アフリカの森林がサバンナ化して、人類の祖先が、地上に降りなければならなかった時、降りている時間帯が増えた時、ライオンに食われないためにどうしたか?
 初めは、足がのろく筋力の無い遺伝子個体群は、順番にライオンのエサとなって淘汰された。
 生き残った、足が早く筋力が強い遺伝子個体群が、頭を使って、やがて巨岩(たたく)や鋭利な石(切る)や弓矢(飛ばす)や火を使うことで、群れで来るライオンに群れで対抗することで、生き残る可能性を高めるようになった。

ーーー
 だから、「助け合う」根拠には、お互いに「得」になる、という数式が大前提だ。
 逆に言えば、「損」になるのに、なぜ「助け合わなければ」ならないのか? ということになる。

ーーー
 目が見えなかったり足がない犬や豚を、山に放せばどうなるか? 
 その日のうちか数日後に、他の動物のエサとなる。
 いくら人間が知的な生き物だからって、極端に体に障害がある人物達は、やはり「自立」できない人達なのである。

 「無理」という言葉は、「理が無い」という意味だ。
 「自立」できない人を、「無理」に「自立」させようとするから、どうなるか?
 すなわち、「嘘」「詐欺」の温床になるのである。

ーーー
 公務員は、「士農工商」でいえば、「士」だ。現業職だって、下級武「士」だ。
 いわば、上に立ち、刀を持ち、権力を持ち、人口の7%で残りの93%を支配する人達。
 その分、凶作の年には、飢えて農具を持って押し寄せてくる一揆を、武器で鎮圧しなければならない人達。
 その分、常に鍛錬を怠らず、強い規律で縛られ、秩序を乱せば自ら腹を切らなければならない人達。

ーーー
 そういう立場の身分に、なぜ自立できない「障害者」「弱者」が、特別枠で入れるのか?
 なぜ税金を搾取する、その分責任を負う「強者」「優秀者」の世界に、正反対の「障害者」「弱者」がいるのか?

 やはりこれは、「詐欺」だと思う。

 すべて、「平等」というフランス革命以来の「虚構」の洗脳があるから、障害者団体も頭に乗って、公職に特別枠などを求めるのである。

ーーー
 江戸時代は、ほんの一部の、社会貢献した豪農や豪商、被差別民の頭領に、例外的に、擬似的な士分格を、名実それぞれで与えたりした。
 しかしこれは、先祖の能力功績で定まった身分制度が、後々の世代の個体同士の能力に、必ずしも100%反映しないケース、があったからである。

 すなわち、ごくまれに鳶が鷹を産み、それ以上に、鷹が鳶を産むことが、まれにではあるが、おこるからだ。

ーーー
 しかし、障害者の定義は、身分制度ではない。
 祖先が関ヶ原で負けてお家取りつぶしになったから、祖先が幕藩体制の開始時期に農民だったから、子孫も支配される身分になるのが、封建身分制度である。

 祖先が労災にあって障害者になったから、祖先が日本国憲法公布の時に障害者だったから、子孫も障害者身分になる。
 こんなこと、先天障害の場合は生理的遺伝子的にあり得るが、身分制度的には、あり得ない。

 障害者の定義は、「個体」、および先天性の場合は、「個体、およびその個体が持つ遺伝子」に、あるのである。

ーーー
 一度公職に、なんらかの程度で関わったことのある人ならわかるが、
 どれだけの人が、たとえ規律が厳しくとも、責任が重くとも、「公務員」になりたいか?
 もちろん、最近不況が多く、日本の場合は、公職に、安定で終身雇用が多いこともあるが、
 公務員試験の倍率を見れば、一目瞭然である。

 なぜ、あきらかに一部の能力が劣る人間に、それも手がない足がないなど、あきらかに業務に大きな支障が存在する人間に、
 「士」身分への、「特権」枠が、設けられているのか?

ーーー
 はっきり申し上げて、これは「不正」「腐敗」「詐欺」「堕落」です。

 土木研究所で、もともと本省採用だが、本省について行けずに独法に流されたKという人に、いかに本省での業務が激務か、愚痴られたことがある。

 税金が流れる行政には、
 上の数%の、全体の税金を預かり、重い責任を負う強者優秀者の人達と、
 下の数%の、「自立」できず、労災や病気に対する健常者の保険制度の恩恵により、税金から福祉手当を受け、お目こぼしをいただく、
 その社会の余裕に応じた最低限の保障生活を受け取る、弱者障害者の人達と、
 はっきり明確に分けなければならない。

―――
 税金を所得にもらう点では、公務員と福祉受給者は同じだが、その意味は正反対で全く違うのだから、「混同詐欺」「混合詐欺」は、許してはならない。

ーーー
 X軸を能力、Y軸を人口に取ると、だいたい個体群は正規分布になるが、
 真ん中の多数派(中庸層・平均層)をはさんで、
 能力が高い少数派は、集団を「助ける」「リードする」側に回り、
 能力が低い少数側は、「助けられる」側に回るのである。

 完全に自立できるのは、能力が高い少数派と、せいぜい真ん中の多数派のうちの上半分である。

 「助けられる」側が、なんで税金を運営する身分、上から見下ろす身分につけるのか?こんな不正はない。

ーーー
 特別枠だから、末端の業務、特殊な業務しか与えていない、幾分だけだが削った給料にしている。
 そんなの言い訳やごまかしに過ぎない。

 弱者障害者が、公務員の身分、「能力正規分布の、上の数%がつける身分」についている、そのこと自体が、
 たとえ小さな自治体レベルであっても、いくら業務や給与で小細工を凝らしても、問題なのである。

ーーー
 今の日本の富の余裕からいって、重度知的障害者を除く、体力障害や軽度知的障害への、生活保護制度・福祉手当・健康保険・労災保障は、今のところ存続可能だ。
 制度不備や改善の必要は時事あるが、根本的になくす必要はない。

 つまり、重い障害を持つ人達は、どのみち「自立」していないし、「自立」できないし、「自立」する必要もないのだから、
 「お目こぼし」をうけて、福祉保険制度の下、「生きさせていただく」ことができれば、いいのである。

 そこまで潰せと言うほど、私も鬼ではない。

ーーー
 現代の社会で、交通事故で足が無くなるリスクを100%無くすことは、どんなに気をつけていても、誰にも不可能である。
 だから、足がない人に、自然に死ねとか、車イス邪魔だから出歩くなとか、役所や図書館や地域道路のバリアフリー改修に税金を使うなとか、
 自分や家族友人が逆の立場になるケースを想定すると、誰も言わない。

ーーー
 しかし、まず、公務員に、障害者特別枠を設ける必要は、ゼロである。

 いい方は悪いが、
 小学生を教員に任命する学校が、どこにある?
 受刑者を刑務官に任命する刑務所が、どこにある?
 重病患者を医師に任命する病院が、どこにある?

―――
 小中学生に過剰暴力や猥褻をする教員、受刑者を過剰虐待する刑務官、重症患者で実験遊びする医師看護師、
 まれにこういう仮面強者、不適格優秀者がいるからといって、
 「逆のことをすれば全てよくなる」ほど、世の中、単純でも甘くもない。

 社会性を逸脱した、必要以上の個人欲望や悪ふざけのために、障害者を過剰虐待する福祉公務員がいるなら、これは問題だ。
 しかし、これは、彼ら強者優秀者に対し、権力にタガをはめさせ、武士階級のように規律と自制能力、切腹のような罰則制度を求めることで、解決させる問題である。

 障害者に、「無理に」「錯誤的に」、公務員ポストを与える、「甘やかし」をする根拠にはならない。

ーーー
 大企業だって、そこに入るのに、どれだけ高校生の頃から、はっきり申し上げて小学3年生の頃から、健常者は、勉強漬けになるか?
 それでも、最後の入社試験通らないだけで、全てがパーになるのである。

 なんで、大企業が、いくら内部留保があって、余裕があるからといって、なぜ能力が低い障害者を、「偽善的に」「嘘の平等思想に基づいて」、特別枠で雇うのか?

―――
 大企業で働いている人を、多く、身内から知人適度まで含めて、知っているが、はっきり申し上げて、彼らの大半は、並の体力知力ではない、強者優秀者ばかりだ。
 その優秀集団の中でも、集団内の平凡や下の方だと、あまりにきついので、ポストを守るために、家庭を顧みる余裕のなくなる人もいる。
 体力的精神的にやっていけなくなり、通院入院したり、俗に言う「負け組部署」「負け組部屋」に異動になって干される人もいる。

ーーー
 民間は、経営陣が、この人を雇いたいと思えば、勝手に雇っていい話で、
 株主従業員しか、直接文句言わないし、顧客は間接的な干渉しかしない。

 しかし、少なくとも、公共が、障害者を何%雇え、とか、民間に強要脅迫するのは、
 これは、民間への営業妨害や、健常求職者に対する迷惑行為、納税者に対する背任ではないだろうか?

―――
 何度も言うが、能力的に「自立」できない、can notでキャパのない人は、
 「無理」に、「虚構」「詐欺」のもとに、「自立」もどきを、しなくていいのです!

 福祉制度のお世話になれば、最低限の生活は保障されるのです。
 公務員になりたければ、健常者と同じ試験を受け、もし筆記を通ったら、面接で、優秀者かどうかシビアに判断される能力判定を、健常者と同じ土俵で受け、その結果を「受け入れ」ればいいのです。

 大企業に入りたければ、同じように健常者と同じ試験を受け、もし通れば、シビアな能力判定の面接を受け、その結果を、「受け入れ」ればいいのです。

―――
 常識的に考えれば、
 本当に、なにか顕著な能力があってよほど運のいい障害者のみ、中小企業の中での、まれな人格者の社長さん達が、経営に余裕のある間、契約社員などで雇ってくれるかもしれません。

 たいていのケースは、よくてパートか派遣、または失業中になるでしょう。
 失業でも、福祉手当と生活保護で、彼らは社会の余裕に応じて、生きていけます。

 それで、いいのではないですか?
 何がいけないのですか?

ーーー
 国会議員の方々様は、障害者「自立」という「虚構」を改善し、
 障害者公務員の解雇、大企業への雇用強要の廃止、
 を実現して下さりますよう、
 「嘘」に満ちた「平等」社会でなく、「真実」に満ちた「公正」社会を実現して下さりますよう、
 法制化をよろしくお願い申し上げます。

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