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 障害者政策について。

 障害者政策について。


 「自立」と「助け合い」という言葉で、
 一般的には、優秀者強者すなわち右派は、「自立」という言葉を好み、障害者弱者は、「助け合い」という言葉を好む。
 それは、それぞれの損得勘定からいって、自然な話である。

ーーー
 自民党の右派政権のうち、経世会の時代は、時代変化に対応できず腐敗していた側面と同時に、地域社会主義・企業社会主義の側面、すなわち、左派に勝つため中道層を取り込む、中道右派の側面もあった。

 経世会の没落後の、小泉政権以後は、経世会の腐敗と、地域・企業社会主義を、共に葬った。
 しかし、右派が強くなった時代に、右派も調子に乗って、現実を無視してまで、あまりに「自立」という言葉を、「自立」が「無理」な弱者層相手にまで、使いすぎたと思う。

ーーー
 そのために、狡猾な障害者達は、その「自立」という言葉を逆用して、能力が低いくせに、
 「自立するから、公務員に特別枠くれよ。」「自立するから、大企業に特別枠を税制で強要脅迫してくれよ。たからせてくれよ。」と、言い出したのだ!

ーーー
 これは、皮肉な話で、強硬右派が、観念理想的な厳格さで、かえって劣等左派を「詐欺」に走らせ、甘やかし増長させて、
 劣等左派に、「自立」はしているかもしれないが、おかしな不正な既得権益を作らせた、その事例である。

 いわば、自由平等博愛の、理想左派社会を作ろうとしたハイチ解放奴隷政権が、セックスonザビーチの果てに、
 平等かもしれないが、世界一の貧困国家を作り出した皮肉と、逆のバージョンだ。

ーーー
 「自立」と「助け合い」は、手段でしかない。
 どちらが正義というわけでもない。

 どちらの手段の方が得をするかで、個人や集団、状況場面により、使い分けるものだ。

ーーー 
 何度も言うが、世の中平等ではない。

 小学生の時、別のクラスだったかに学年1で足の速い男子生徒がいた。
 その生徒が体育か放課後に走っていると、クラスの、大半がまだ初潮も始まっていない女子生徒達が、黄色い声を上げて夢中になっていたものだ。
 大学院の時、イケメンで造園会社の若手幹部の、高所得の男性先輩に、女性の同級生が、「私セックスうまいのよ。気持ちいいよ。」と、必死になって「営業」していた。

 もし北島康介選手ぐらいの人が渋谷でナンパすれば、街を行き交う美人10人のうち9人が、大喜びでふらふらついて行き、即日セックスもOKだろう。
 しかし、平均的な男性がやれば、その確率は平均容姿の女性10人に1人程度である。セックスするには、数回のデートが必要でしょう。
 何か欠陥が大きく明らかな男性がやれば、収穫はゼロか、ろくでもない女性しか、ついてこない。

ーーー
 体力や知力のどちらか、または両方が、かなり平均より低い、それでも障害者ではない健常者は、たくさんいるのである。

 こういう人達は、たいてい、左派になる。
 で、だいたいの人達が、零細企業や衰退企業で、不安定な非正規で働いているのである。

ーーー
 そういう世界では、
 常にぶつぶつ独り言を言いながら、気に入らないと感情的に部下に恫喝やかんしゃくを飛ばしまくる中年男性とか、常に社会不満やヒステリーをためて部下にあてつけている中年女性とか、
 そういう人達が、独身のまま、労働して生活していたりする。

 中には、雇用保険詐欺をしたり、暴力や恫喝で金をたかろうとする、人間的に、社会性や知能に問題がある、末端雇用の人物もいる。

ーーー
 ただ、そういう世界でも、詐欺や暴力に走る人は論外として、
 
 別に福祉や他人にたかるわけでもなく、業務にかこつけて不要に他人を攻撃するわけでもなく、
 内心は、もちろん社会不満や、自身の能力への悔しさもあるかもしれないが、

 その立場を受け入れて、雇用がある間は、労働者として誇りを持って、福祉に頼らず働いている人も、
 多くいるのである。

ーーー
 そういう体力知力の弱者の人達だって、そういう立場になったのは、自身の体力や知力に、原因があるのである。

 社会条件や運不運の理由は、もちろんある。
 ただ、社会条件や運は、多少は人為で改善できることもあるが、どうにもならないその時代の社会条件や天運は、どうしようもないことだ。

 やはり、体力知力で、人間個体同士は、遺伝子は、「平等ではない。」のである。

ーーー
 優秀は上から見下ろす立場、劣等は下から見上げる立場、能力に格差は必ずあり、絶対に平等社会など、作れない。
 体力知力が低い人は、努力してはい上がるか、年齢などで限界に達したら、立場を受け入れるしかないのである。
 人間集団内を見ている限り、上を見上げることが多く、下を見たかったら、下等生物を見るしかない人生を、「受け入れる」しか、ないのである。

 人間社会では、数学的に実現可能な、最低限をカバーする福祉保険しか、最低限のセーフティーネットしか、絶対に作れない。

 それ以上やれば、絶対に「詐欺」になる。

ーーー
 サーカスの空中ブランコに、下にセーフティネットがあるのはいいことだ。

 普通の観客は、華麗な演技を、視覚神経科学的に楽しみ、生理的な利益を得たいだけで、
 落ちて死んだり怪我をする人を見て、積極的に楽しみたいわけではない。

 他人の死や怪我など、そういう残酷物を見るのが趣味な人は、架空の映画小説や、下等生物相手にやればよい。

ーーー
 しかし、何度も空中ブランコから落ちる人は、サーカス団から解雇されるのは当然だ。 
 落ちても安全だからといって、適当にやる人、努力しない人、たとえまじめに努力しても適性や能力が見合わず結果を出せない人を、雇い続けるほど、
 サーカス団は、税収権力のある公共ではないし、経営者はお人好しではないし、顧客は金を払ってあげる馬鹿ではない。

ーーー
 なんで体力知力が低い人達が、
 雇用がある間は、末端の立場を受け入れて働き、多少の経営者や上司同僚の問題点は我慢しながら、福祉をもらわない誇りを持って働いているのに、
 
 生理的に劣等である点では同じなのに、
 手がないとか、耳が聞こえないとか、一部のパーツが欠如しているので、わかりやすいというだけで、
 そういう人達が、
 障害者手帳をもらい、
 江戸時代の被差別民の頭領みたいに、名はなくても実がある特権、
 公務員や大企業への特別枠を、得られるのか?

ーーー
 平等思想こそ悪です!
 劣等なら劣等で、その立場を受け入れさせなければ、いけないのです!

 足が遅い小学生は、同級生女子から、黄色い声でちやほやされないのです。
 造園会社のイケメン幹部でない大学院生は、後輩女性から挿れて欲しいと言い寄られることもないのです。

ーーー
 差別のない社会など、空想や夢想や理想以外には、存在しないのです!

 「違うものを違う。」、「劣っているものを劣っている。」これを言わせない社会は、
 共産主義社会の前例を見るまでもなく、
 嘘と詐欺と偽善に満ちた社会です。

ーーー
 本当に,障害者を甘やかす行政が行われています。

 「悔しい」という感情自体は、誰でも持っている物である。
 障害者が何も自分たちの特権のように言いふらかす物ではない。

ーーー
 知能が低いくせに詭弁が得意な身内女性(母親)に騙されて、成績は基準を満たしていたのに農大への推薦入学の機会を潰された私は、
 成績とスポーツで明治だったかに推薦入学が決まり、3年の2学期3学期を、女子高生と駅前で遊んでいたという同級生が、うらやましくて悔しかった。
 親の知能ですら、平等ではないのである。

ーーー
 だから、馬鹿のために、人為的な事件で、正当に得られるはずのものが得られなかった「悔しさ」、は、私もわかる。
 しかし、私の場合は、加害者(母親)は、能力がないとはいえ親権を持っていたのだから、
 やはり私は20歳までは我慢して、18歳からは社会では働けるのだから、高卒労働して20歳以降に行きたい学部に行く、そういう選択枝もあったのである。

 それをしないで、親が金を出してくれる進路を安易に選べば、そういう根性や意志や知性にみあった結果になるのである。

ーーー
 しかしながら、人為もクソもない、本人自身が持って生まれた体力知力で、それが他人より劣等だからといって、それで天に対して「悔しがる」障害者は、
 「悔しがる」こと自体は、自然感情で誰も止められないが、
 そこで、行政に対して「甘え」「たかり」「おねだり」するのは、やはり「論外」である。

ーーー
 もし障害者達の一部が、「悔しがった」挙げ句、
 最後に、先述のような、体力知力の健常者弱者の一部の、悪い事例のように、
 詐欺や暴力や攻撃あてつけに走るなら、
 勝手に走ればいい。

 そういう、本能と自由しかない、チンパンジーまでならOKだが人間としては失格な、
 反社会的で、知能の低い、劣等個体や劣等遺伝子は、
 どんどん刑法や管理行政を厳しくして、障害者刑務所を作り、安楽死制度を導入して、滅ぼしていけばいい。

ーーー
 冒頭の話に戻すが、「自立」する能力が不足する人相手に、「自立」しろというほど、酷で、その人物を「詐欺」に走らすものはない。
 
 常識を考えれば、わかる。
 
 どこに、耳が聞こえない人を雇う余地のある公共機関がある?
 どこに、能力が平均以下の人に、権限を与え、給料を払いたい納税者がいる?
 
 どこに、自由競争の経済界で、片手のない人を雇いたい会社がある?
 どこに、能力が劣悪な担当者に、時間や労力を余計に取られてまで、取引をしたい顧客がいる?

ーーー
 障害を補うほどの、障害部分以外がよほど優秀な、例外障害者は別として、
一般的な障害者が持つ「運命」は、体力知力で弱者の健常者と同じなのです。

 一般障害者が、雇用を得たければ、
 好景気期でさえ、派遣、パート、よくて契約社員なのです。
 それも、零細や衰退企業、よくて普通の中小企業までです。

 平均健常者でさえ運が悪いと職にありつけない不況期は、もちろん、福祉と生活保護なのです。

ーーー
 正社員を簡単に切れない労働法制の中、
 もし障害者を正社員に雇う社長がいたら、
 障害者と運命共同で会社ごと心中したい、よほどの人格者か狂信者か、どちらかか、どちらともかです。

 もし障害者を正規公務員に雇う公共機関があったら、
 そこの公共機関自体と、責任者構成員は、
 納税者への背任者であり、税金の過剰搾取者です。

ーーー
 社会の余裕に応じた、最低限のセーフネットを、保険として、構築する。
 ブランコ乗りが、何回ネットに落ちたかで、サーカス会社が、給与待遇の量や、契約の継続解雇を決める。
 「その何回ネットに落ちたら解雇」、の部分が、いわゆる、中道右派と中道左派の違いです。
 中道右派は、比較的厳しく、中道左派は、比較的甘い、その違いです。

ーーー
 障害者に公務員や大企業職員待遇を与える、大甘不正行政は、
 サーカスで言えば、
 目が見えない足がない人に、空中ブランコ台に上らせ、「さあ飛び出せ」、「心頭滅却すれば空中ブランコも乗れる」と、健常者が後ろから突き落としている点で、酷だし、 
 耳が聞こえない手がない、元来チケットもぎりや裏方掃除をやる程度の能力の人に、ブランコ乗り同等の待遇給与を与え、顧客が拍手喝采を与えている点で、不正です。

 すなわち、「極右の仮面をかぶった極左行政」ということです。
 この点は、協力隊と同じです。

 協力隊は、「甘やかしつつ無理なことをさせている。」のに対し、障害者採用は、「厳しくみせかけて甘やかしている。」の,違いです。

ーーー
 民主主義社会では、極右や極左の少数派は、少数派として、身の程に応じて、おとなしく謙虚に生きなければなりません。
 主張が通らないことが多いのです。極右は、足を引っ張られまくり、極左は、追い立てられまくるのです。
 しかしそれは、彼らも「受け入れなければならない」のです。

ーーー

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