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«  菅政権は、スピードが遅すぎると思う。 | トップページ |  良質な知力秩序の構築の必要性について。 »

 障害者行政における、無駄な公費支出の、削減の必要性について。

 読売新聞で、10代に、先天的な病気(遺伝子)で、片足を切断した人の、記事が出ていた。
 もともと野球をやっていたので、障害者野球を続けたという。
 最近、日本で世界大会があったので、出場したということだ。

 

 少し前、元競輪選手で、業務(レース)中の事故で、半身不随になり、リハビリした人についての、TV番組をやっていた。
 結局、現役には戻れず、それでも自転車が好きなので、これも障害者レースに出ていて、パラリンピックを目指しているという。

 

ーーー
 こういう人達が、非常に苦労人なのは、事実と思う。

 

 野球少年だった人が、先天的な病気で足を切るとき、治療費やリハビリ代が、健康保険で出ること。その後の生活に、福祉手当が出ること。

 

 業務中の事故にあった人に、労災保険が支払われ、業界や公共が、責任もって、日常生活や常識的な雇用生活までのリハビリを助けること。
 障害が残るなら、やはり生活に福祉手当が出ること。 
 
 これ自体は、普通のことや、当然の保険・社会福祉だと思う。

 

ーーー
 しかし、もし障害者世界野球?の開催や出場に公金が使われたり、
 上記の労災受給者が、障害者スポーツの国内大会やパラリンピックに出ることに公金が使われるなら、
 これらは、「甘え」で、社会は許してはいけないことだと思う。

 

ーーー
 このあたりのバランス感覚が欠如し、「障害者の甘やかし天国か、障害者の過剰虐待地獄か」、どちらかの極論しか考えられない馬鹿や狂信者が、けっこういると思う。

 

 そう言う奴らは、上記のようなことを言われると、「障害者を虐待するのか?」とか過剰反応して、
 知識階級は、「嘘」「詐欺」「詭弁」、現業階級や女性は、「観念と狂信」「目先の浅知恵」で、
 言論自体を封殺しようとしてくる。

 

ーーー
 上記程度の先天的病気の人に、健常者の保険料や税金から、治療代やリハビリ代を出すな、とは言えない。
 労災の人に、非労災者の保険料や税金から、治療代やリハビリ代を出すな、とも言えない。
 一定程度の常識の範囲の福祉生活手当を出すな、とも言わない。
 
 しかし、上記のような保険は、一定の範囲内なら、健常者や非労災者に、負担とはいえ安心保険にもなるにしろ、
 その後の、「趣味の世界」にまで、保険料や公金を使われては、これは健常者や非労災者は、たまったものではない。

 

ーーー
 野球は、楽しいスポーツだが、人数が必要なスポーツだ。
 場所は、低額の河川敷球場程度なら、だいたいの自治体が備えているからいいとして、
 やはり人数がそろわないと、どうしようもない。

 

 地方に行けば、草野球程度でも、人数がそろわない、または、集まろうとすれば交通費やガス代が馬鹿にならない、
 それで、あきらめたり頻度が限定されている、社会人が、多くいる。

 

 あきらめた人達や頻度が限定された人達は、それこそ自転車なり水泳なりテニスなりバスケなり、人数が少なくてすむ遊びで、やりくりしている。

 

ーーー 
 学生までならともかく、社会人は、
 そうやって経済条件・社会条件と格闘しながら、「趣味の世界」でも、やりたいことと現実にできることに葛藤して、なんとか妥協点を見いだしているのである。

 

 労働生産性が低く、少数で広い地域に分散している障害者が、自費で野球を、そんなに多くの頻度でできるとは、とても思えない。
 もし公金が入っているなら、これは止めなければならない。

 

 こういう公金支出制度に寄生している公職者は、正規なら配置転換して、独法財団なら解雇しなければならない。

 

ーーー
  そりゃ、野球をしたい障害者も、生活地域ではなく、日本国内レベルや、道州規模で探せば、18人集まるだろう。
 しかし、そんな広域規模の人間集団で、「趣味の世界」で、実際に集まってやるスポーツをするなら、
 それこそ練習どころか、即本番の試合ひとつ、年に1回できるかどうか、の次元だ。

 

 年に1度のそれすら、片足がない人や似た障害の人ができる労働で、稼ぐ金では、
 交通費・宿泊費・機材費・輸送費、きついかもしれない。

 

 世界大会など、論外である。

 

ーーー

 

 こういう時、彼ら障害者を、「かわいそうだから。」といって、甘やかすのは、そうしたい人だけが、「趣味の世界」で私的にするのは勝手で自由だ。

 

 しかし、絶対に、行政制度や公金にたからせては、ならない。

 

 本当に、彼ら障害者らに、「平等思想という嘘八百をたてに、脅したり泣きつけば、健常者にたかれる。」という、悪質な教育や影響を与えるだけである。

 

ーーー
 やはり先天的病気(遺伝子)が理由で、片足がない人や、似た障害の人は、
 「趣味の世界」では、健常者にたかるのではなく、

 

 その生産能力に見合った、趣味を選ぶべきである。

 

 野球の全国大会、挙句の果てには世界大会など、年に何億かせぐプロたち、「健常者の中の健常者」がやることである。
 信越や四国の地域プロはもちろん、八百屋やサラリーマンの草野球愛好者たちは、世界大会どころか、全国大会でさえ、考えたこともない夢のまた夢である。

 

ーーー
 なんで本来なら飢えて早死にしているはずの人たちが、
 ただでさえ治療リハビリ・日常生活費さえ、健常労働者に出してもらって、生きさせてもらっているのに、
 全国大会?世界大会?に出れるのか?
 
 公金支出しているなら、こんな不正や腐敗は、一刻も早く止めさせなければならない。

 

 それで彼らが腐るなら、勝手に腐ればいい。
 甘ったれて自暴自棄になるなら、勝手にグレればいい。

 

ーーー 
 地方で草野球やりたくても、人数が集まらなくて、お互い遠いので交通費が負担で、
しかたなく、二の次・三の次・十の次に興味あるスポーツ、
 テニスでも水泳でも、消化不良で楽しみながらしている人たち、
 そんな八百屋や社会人が、どれだけいるか?

 

 そういう人たちの中でも、業務で忙しく、週休常に2日あるわけでもなく、月曜からの業務に差し支えるからと、
 楽しいが疲労が多いスポーツを、涙を呑んで余暇にあきらめざるを得ない人たちがどれだけいるか?
 
 奴ら甘えきった障害者たちには、はっきりわからせる必要がある。

 

ーーー
 また、一定以上の大きな先天的な病気を持った人は、優秀な遺伝子を次世代に残して、人類の進化と繁栄を図るという、
 個体欲を超えた、種族欲や社会性のためにも、
 子孫を残してはいけないのではないか?

 

 先天障害者への次世代中絶政策は、法制化と、医師警察による強制執行が必要なのではないか?

 

ーーー
 労災の人には、先天障害者(遺伝子欠陥)に対するよりは、社会も寛容になる必要がある。
 ある意味、使用者・同僚・顧客はもちろん、赤の他人の非労災者にも、労災のある社会を運営している責任もある。

 

 しかし、やはりパラリンピックなど、贅沢である。
 後遺症が残り、競争社会の競輪業務にもう戻れないなら、それこそ自転車は一人でできるのだから、「趣味の世界」だけで、やるべきである。

 

ーーー
 人員的には、野球と同じで、広域でないと同好障害者を集められないのだから、当然費用もかさむのだから、
 多く集まっての大会試合など、よほど低い頻度でしかできない。
 金が足りなければ、あきらめるしかない。

 

 しかし、それは、彼も「受け入れる」しかないことなのである。

 

 それを「受け入れ」させないで、
 甘やかす人たちがいるものだから、
 本人も増長して、パラリンピックなど、馬鹿なことを言い出すのである。
 
ーーー
 野球の項でも述べたが、「趣味の世界」は、スポーツ分野でも、
「金のかかるもの・人員のかかるもの~金のかからないもの・人員のかからないもの」まで、いろいろある。

 

 スポーツ分野以外では、さらに金や人員のかからない趣味もある。

 

 

 「大人」の社会人は、誰もが、やりたいこととやれること、理想と現実に葛藤しながら、なんとか妥協点を見出しているのである。
 努力して、少しでもやれることや現実を増やそうとしているのである。または、どうしても手が届かない、やりたいことや理想は、あきらめるのである。

 

ーーー
 体力的に弱くなれば、やれることと現実は、確実に減る。
 老人になれば、誰もがそうなるし、先天障害者は、若い頃から、それを受け入れなければいけない。

 

 労災者は、先天に比べれば、人災なので気の毒ではあるが、それでも、ある程度は、現実にできることを、本人は受け入れなければならないと思う。
 

 

 事故に納得いかないなら、業界や事故の責任者を、法務省的に訴えたり公益通報したりすればいい。
 しかし、赤の他人に、最低限の日常生活の福祉手当以上に甘えるのは、絶対に止めてほしい。

 

ーーー
 キリスト教がどれだけ背後にあるのか知らないが、パラリンピックは、やはり一種の「詐欺」だと思う。
 ダビデとゴリアテの物語の様に、体力で劣るほうは、必ず知力で勝とうとする。

 

 だから、一般論的に、障害者は、重度の知的障害を除けば、よほど「狡猾」である。
 軽度の知的障害も、障害がある知的部分以外は、盲人に聴力が発達するように、「狡猾」になる。
 
 だから、健常者は、彼ら障害者を、劣っている人たちだと思って、優しくしたりなめてかかっていると、しばしば、彼らの狡猾さにだまされることになる。

 

ーーー
 だから、健常者も、いつも知恵を振り絞って、障害者や障害者の家族に、だまされないように気をつけなければならない。
 
 フランス革命以来の、虚構に満ちた平等思想をたてに、
 彼ら障害者および障害者家族は、常に健常者を妬み憎み、「いかにしてたかろうか?いかにして騙そうか?」考えている。

 

ーーー
 公共の「外交」に手を出してよいのは、「体力」「知力」共に健全で、更に平均よりかなり上の、「DNAと個体としての貴族」のみである。
 
 これは、私の政治信念です。

 

 国1に受からなかった私は、「貴族」になれなかった「平民」の人間です。
 だからこそ、逆の立場でも、
 「貴族」でないのに、「外交」に手を出そうとする、
 甘ったれたJICA職員・協力隊員、挙句の果てには、障害者たちの増長と甘えが、許せないのです。

 

ーーー
 普通の人が、海外に行っていけない時代ではない。
 「国際交流」は、自費でやっている限り、他人が文句を言う筋合いではない。
 
 しかし、普通の人がやる「国際交流」は、数ヶ月働いてためた金で、グアムに行く、韓国に行く。そこで楽しむ。
 または、日本にいる米国人や欧州人、アジア人と知り合う。
 そういうものである。

 

 珍しい国に高い金を払ってでも行きたい人は、その分、より働かなければならないし、能力がないなら、あきらめなければならない。

 

ーーー
 日本は、旧帝国で敗戦国だから、本質的には、少なくともまだ数世代は、日本人は、旧植民地や戦勝国と、一定以上に仲良くなるには無理がある。

 

 個人ごとの多様な相性利害もあるとはいえ、全体的に一定の距離を置いて付き合わないと、少なくとも、どちらかが、嫌な思いや損害を受けることが多い。 

 

 日本人は、ドイツ人やイタリア人相手を除けば、合衆国人や戦勝国人とも、挙句の果てには旧植民地人とも、
 よほどの体力知力の強者同士(耐久力のある)を除けば、
 そんなにべったり人間関係くっついて、いいことなど余りない。

 

ーーー

 

 それだけ異文化・異なる人たちと、表面的な付き合いは別として、深く仲良くなるのは難しいのに、
 平均並みや弱者、(たいていの障害者は弱者に入る。)が、
 表面的には華やかできれいにみえるからといって、安易に国際交流に手を出そうとするのは、あまり感心できない。

 

 それでも、自費でやっているなら、自己責任の話だが、
 公費を使うなど、論外であり、たかりであり、はっきり申し上げて、犯罪です。

 

ーーー

 

 はっきり申し上げて、非常に迷惑です。

 

 国会議員の方々様におかれましては、
 パラリンピックへの一切の公費支出を禁止する法制化と強制を、よろしくお願い申し上げます。

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