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 青年海外協力隊の、廃止の必要性について。 (3)

 菅直人首相の、「最少不幸社会」の概念は、大ざっぱすぎて具体的ではないが、
 不要なリスクを減らすという意味では、理解できる。

ーーー
 昔は、国1キャリアの大蔵省入省者を、20代で税務署長にしていた。
 
 そういう待遇を受けた人達の、全員が全員、鼻持ちならない天狗の殿様になったわけではない。
 
 

 そういう集団自体が、「エリートの中のエリート」だし、その中でも、更に三重(さんじゅう)のエリートの人(エリートの中のエリートの中の、エリート)には、

 若さにもかかわらず、その大役を大過なく果たしていた、極度の天才や秀才の人も、少数であろうが、いたはずである。

ーーー
 しかし、なぜ20代の税務署長制度は廃止になったか?
 
 その原因は、中間層の妬みややっかみの部分も幾分かはあろうが、
 
 それだけでなく、

 やはり、いくら優秀な鷹の雛でも、まだ雛のうちから極度に重い権限と責任を与えられると、
 やはり天狗になって失態や不正をしでかしたり、逆に権力を使いこなせず責任を負えずに潰れる人も、それなりにいたからである。

ーーー
 上記は、強者層の例であるが、
 中間層や弱者層の例である、協力隊も同じである。

 年間1,000人も送れば、それなりの現地への客観的成果を上げ、本人自身も得をする人は、毎年、ごく少数の数人や十数人はいる。
 
 それ以上の数の、
 担当国フェチ・担当地域フェチ・担当文化フェチ、の人達には、

 現地への成果は眉唾でも、少なくとも、本人だけは、あこがれの地域での長期滞在の夢が叶って、得をした人達もいる。
 (例・グアテマラフェチ、ラテンアメリカフェチ、サルサフェチ)。

ーーー
 こういう人達は、当然、協力隊「大好き」集団となり、
 JICAやJICA傘下の財団社団が、なにかと雇用やバイトを与えていることもあって、
 一緒に癒着して、

 腐敗した下部行政組織と共に、行革への抵抗勢力となる。

ーーー
 しかし、低能すぎて、現地に対して貢献していない人達、それ以上に、未熟なうちに、途上国に放り出され、職業経験や家庭人生が大きく狂わされる人達、
 こういう人達が多くいる以上、

 菅首相には、「最少不幸社会」のために、かつての20代税務署長制度の廃止と同じ様に、協力隊も廃止するという、英断が求められると、私は考えます。

ーーー
 中堅層のためには、シニア海外ボランティアを、残せばいいのです。

 凡人でも、さすがに40代になれば、日本水準での職務経験と家庭経験で、それなりの業務能力・人的能力が、備わるでしょう。

 その中から、意志と能力のある人を、選別すれば、本人にとっても、職務経験や人生経験でのリスクは、減ります。

 もちろん、雇用名の、「シニア海外」に続く、「ボランティア」の部分は、「派遣員」やそれこそ「協力隊」に替える必要がある。

ーーー
 ブルーワーカーや作業員的な仕事ほど、現地は人出が余っているくらいです。
 現地のブルーワーカーの雇用を、協力隊員が奪っているのは、本末転倒です。

 駆け出し程度の、ホワイトワーカーも、同様です。

ーーー
 日本生まれ育ちの、まだ未熟な青臭い「青年」がすることは、
 よほど日本社会に合わなかったり適応できずに出て行き、外国に移民帰化する人は別として、

 まずは、日本社会で20代30代は、職業経験を積み、生活地域で家庭を運営することです。

 外務省やその他の本省に入るエリート以外は、長期の公費海外滞在など、全く必要ありません。
 普通の人は、自費で、短期の海外旅行や、在日外国人との軽い国際交流を、楽しくしていればいいのです。

ーーー
 障害者のような弱者層など、業務で海外に行く必要は、たとえ40過ぎても、全くありません。

 自力でも、能力的・経済的にめったに行けないのだから、それを受け入れる必要があります。 

 宝くじでも当たった幸運者だけ、ハワイにでも旅行で行けばいいのです。

 外国にも似たような弱者層がいるでしょうが、お互いに接触するほど遠くまで自費で交通する能力がないのだから、そもそも「国際交流」する必要も「無い」のです。

 地域社会の中で、一生を過ごせばいいのです。
 

ーーー
 弱者層には、
 文通やネット交流という手段もありますが、それとて、それなりの費用や設備がかかります。

 やはり弱者層には、「国際交流」ですら、「無理」で「必要ない」と思います。

 外交や国際交流は、生活保護制度や国保年金・義務教育の様な、普遍行政では「ない」のです。

ーーー
 一昨日の読売新聞で、JICA元総裁の斉藤氏の記事が出ていましたが、未だにこんな戯言を言っているのか?と呆れて物が言えませんでした。

 こういう質の低い記事を載せるという、マスコミの担当者も担当者です。

 斉藤氏は、東大出て外務省入って事務次官や駐米大使にもなって、最後はJICAに天下って2重退職金でお金も稼いで、
 ご自身の人生は、バラ色の人です。

 官僚として、「上から指示されたことをやる能力」は、相当有能だったのでしょう。

 しかし、世の中すべての雇用、少なくとも外務省系統の全ての雇用が「きれいで非の打ち所がない」と思っているなら、よほどロマンチストで世間知らずです。
 
ーーー
 ご自身が官僚として有能な故に得た、特権的な「外交」「国際交流」経験を、
 「下々の者達にも、薄めた形で経験させてあげよう。」などは、とんでもないおごがましさと奢りです。
 
 凡人に、しかも若者に、「外交」などできやしないのだし、「国際交流」も公費を使ってやることではありません。

 ご自身が、税金の無駄使いの世界の極地にいたからといって、中堅層や弱者層まで「税金の無駄使いの世界」に巻き込んで、

 「赤信号みんなでやれば怖くない」的に、うしろめたさをごまかそうとしている気がします。

ーーー
 本当に残念です。

 やはり、行革は、政治家でないとできません。

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