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2011年5月

 政府や東電が、夏の節電の強制義務15%の免除・緩和の対象に、障害者福祉施設を入れているのは、はっきり申し上げて間違いだと思う。

 生産性がゼロや低い人達、そして健常者とはいえ、そういう人を管理するだけの社会貢献しかしない人達、

 彼らが、なぜ節電を免除されるのか、全く理解できません。

ーーー
 今年は、熱中症で死ぬ老人や体力弱者が、例年以上に多量に出ると思います。

 今まではクーラーのおかげで生きてこれた人が、クーラーが使えなかったり、使えない時間が増えて、死ぬことになります。
 
 ところが、彼らの中には、下の方とはいえ市場経済の労働に貢献していたり、かつて貢献した年金老人もいるのです。

ーーー
 重度の体力障害者や知的障害者が、夏に暑さである程度死ぬのは、余裕がなくなった社会での、必須の自然淘汰であり、仕方ないのではないか?

 彼らがクーラーをがんがん掛けて、健常者がなぜ暑さに苦しまなければならないのでしょうか?

ーーー
 世話をしている健常者の福祉公務員や業者が文句言うなら、
彼らが、自分たちが過ごす空間だけ、他の健常者と同じ頻度でクーラーを使えば、十分ではないでしょうか?
 
 あとは、障害者が暑さで暴れ出したときのために、施設内にしっかりした檻を作っておいて、刑務官を雇っておく、地域警察も準備しておく、それで、十分ではないでしょうか?

ーーー
 そもそも、ばりばりのエリート官僚や、やり手社長さん、大手企業幹部、医学部の教授などに対して、彼らの手足となって働く秘書や側近は、

 いつも、優秀な人から、難しい条件や、多量のタスクを提示され、優秀な人の能力水準から、「お前そんなことも出来ないのか?もっとしっかりやれ!」と、
 いつもハッパをかけられます。

 そのノルマに耐えられる人材は、鍛えられはするが非常に困難な労働を、常に強いられます。

 しかし、そういうエリートと、エリートの手足でがんばる中堅が、社会に多大な貢献、生産性や富をもたらします。

ーーー
 一方で、牛とか馬とかブタとか、知能が低い「動物」を扱う人は、

 エリートの手足となって働く人のような、相手から高い課題を指示される苦労はしないものの、

 扱う相手が、話してわかる知能の相手でないので、
 餌と鞭でうまくコントロールして、

 いつも相手のクソ小便の臭い臭いの中、細々しく世話をすることになります。

 相手も体力はあるので、馬なんか蹴られたら大変な怪我をするリスクを負うし、牛やブタでも、言うとおりに動いてくれません。
 
 それでも、その動物が、食べ物になってくれ、それで人間は生きてゆけるので、この労働も社会貢献しています。

ーーー
 障害者を管理している人達は、努力と苦労は、していないとはいえない。
 
 ある意味、相手が人間であり、動物のようには気楽に粗略に扱えない。
 最後に食べるわけにもいかない。

 体力が弱いその相手は、詐欺に走るし、知能が低いその相手は、暴力に走る。

 挙げ句の果てに、家畜と違い人権法に守られる。 
 これほど扱いずらい、動物はいない。

ーーー
 一方で、一生懸命世話しているその相手は、社会の100人の上から1人のような、天才的秀才的な、優れた労働をしている人達でないので、
 世話をして助けている人達が、世話した相手の労働成果に、それなりの給与や世間体で、おこぼれをあずかれるわけでもない。

 優秀な人の世話をする人達は、基本的に9時5時や残業の労働時間の、仕事の範囲の世話であり、私生活は別にでき、
 世話をした相手に気に入られたり結果を出すと、たまにオフに高い宴会や料理でおごってもらえたりさえする。

 ところが、社会の中の100人の下から1人の世話をすれば、9時5時のつきあいどころか、交代とはいえ夜勤など、生理本能的に仕事したくない時間にまでつきあわされ、
 挙げ句の果てはクソ小便の世話や、対象がいるはずもないのに発情した人物の対応管理までさせられる。

ーーー
 だから、障害者を管理している健常者の人達は、一定の苦労はしているのは事実だが、
 その苦労は、はっきり申し上げて、「骨折りぞおんのくたびれ儲け」にしかなっていないのである。
 つまり、労多くして、利が少ないのである。

 こんなバカな商売・労働はなく、こんな労働をして喜ぶのは、はっきり申し上げて、狂信者か奴隷だけである。

 もちろん、一定以上の体力知力の健常者が、こういう労働をしないと食べていけない社会になっているなら、
 その人達の生活を考えれば、それは、社会全体に問題があることになる。

ーーー
 人並み以上の体力と、一定以上の知力がなければやっていけない自衛隊員が、
 放射線を浴びて、余震による津波や建築倒壊の二次被害のリスクを被りながら、
 被災した健常者を助けに行くのは、

 平時は、納税者の労働成果に寄生して、ノルマは高いとはいえ、緊急時に役立つように一定の休養も補償されながら、恵まれた給与待遇を受けているのだから、
 普通であり当然である。

ーーー

 しかし、彼ら自衛隊隊員が、障害者施設に障害者を助けに行っている報道では、
 やはり、違和感を感じた。

 つまり、「普段から世話を受けている相手でもない対象を、なぜ比較優秀な人達が、自ら放射線や二次災害を浴びてまで、助ける必要があるのか?」
 ということだ。
 
 知的障害者などは、公費をかけてせっかく助けてあげて、千葉県の海辺の施設に移したら、自分で海に行って溺れて死んでしまった人もいた。
 
ーーー
 結局、今の福祉は、

 軍隊で言えば、周辺が全て勝てない強国になってしまったのに、侵略用の多大な軍隊と、軍需産業の雇用生産を維持している、

 いってみれば、1939~41年以降のナチス政権や、今の北朝鮮と、
 左右逆で、本質同じである。
 
ーーー
 日本の軍隊は、白村江・元寇・朝鮮出兵や、シベリア出兵・ノモンハンでは、敗北や撤退を経験しているが、
 完全な敗北、自国を占領されて統治される、までは経験していなかったので、
 戦前の一時期は、傲慢だったかもしれない。

 今は、WW2であれだけ大負けして失敗して、自分たちが滅びるだけでなく、軍人以外の国民にも迷惑を掛けたので、
 個人主義が強い時代だから、個々人の刑事犯罪などはあるかもしれないが、組織的には、軍隊には珍しいほど、ある程度は謙虚になっている。

ーーー
 だから戦後は、
 対外政策で傲慢なのは、外務省や、その系統の、JICA協力隊だったが、   
 
 これも、競走馬への公金使用事件ごろから、田中真紀子氏が指摘して下さったおかげで、
 私の論文も含めて様々な指摘が、国民から寄せられるようになった。
 
 政治家がまともに働いてくれないので遅遅としてではあるが、改善は始まってきている。
 
ーーー
 しかし、軍隊のない外交など、できることはたかがしれているので、
 外務省系統の腐敗など、上はワイン買いすぎたり、下はバカな事業を作りすぎたり、
 外交みつぐ君・みつぐちゃんに励むだけで、
 
 1事業あたりの金の浪費は、対外事業なので高くはつくが、
 
 内政が腐敗するのに比べれば、慢性疾患とか、全体の金額面では、たかがしれたものだ。

ーーー
 しかし、
 助けても、利益より損害が多い人を助けるような、内政福祉の腐敗は、

 はっきり申し上げて、
 「戦争をしても負ける状況で、侵略用の戦車や大砲を生産しようとしている。」のと、同じだと思います。

 はっきり申し上げて、非常に傲慢で迷惑です。

ーーー
 年間の生産性を、健常者の平均を50,障害者の定義を、20以下とした場合、
 
 ある病気で生産性が20の人を、100の投資で手術したら、健常者の平均前後の能力になって、毎年50の生産性になってくれ、4年以上、生きてくれた。
 この場合は、費用対効果は、満たせます。

 ある障害で、生産性が15の人に、50の投資で車イスや義足を作ってあげたら、
 健常者の平均より少し下の能力として、毎年40の生産性になってくれ、2年以上、生きてくれた。

 この場合も、費用対効果は、満たせます。

ーーー
 しかし、生産性50の市民を2人、戦闘から守って、敵を倒してうまくすれば本人も生き残る能力の自衛隊員を、
 生産性10の障害者を助けるために、放射線にあてて、建物倒壊の2次災害で摩耗させて、
 それで、その自衛隊員の能力が落ちて、
 生産性50の市民1人を守れるだけで、敵と相打ちになる能力になってしまった。

 この場合は、生産性10の障害者を助けて、生産性50の市民を、時間差とはいえ、殺していることになります。
 相打ち覚悟になるほどの過酷な戦闘でない場合、自衛隊員1人も、間接的に殺すことになります。

ーーー
 

 物理学と生理学

 出生後の1年間、幼稚園入学前の3歳の3月、小学校入学前の6歳の3月、義務教育終了時の15歳の3月、成人前の3月、

 一定の体力と知力の基準を設けて、基準に達していない児童・未成年は、社会的に安楽死させるべきだと思う。
 
 はっきり申し上げて、そう思う。

ーーー
 物理学と生理学は、生理学の方が後から発達して、
 生理学は、内容も生き物を扱うので、難しい。

 だから、生理学に習熟した人は、しばしば物理学しか知らない人を、バカにしたりする。

ーーー
 しかし、物理学は、より早くから発達したように、客観的に観察分析しやすく、長い歴史の中で、事実関係が証明されている。

 深海や地底や宇宙にはわからないことがまだ多くあるが、たいていの物理は、非常に高度な数学計算を要することまで、人間は開発理解してきたと言うことだ。

ーーー
 だから、物理学は、基本を押さえているし、歴史に耐えうる客観証明も長いし、ある意味、生理学には、まだ未発達で未熟なことが多いという点がある。

 基本が出来ていなければ、応用もあり得ないので、
 物理学を理解しようとしない人は、より複雑で難しい生理学も、なおさら理解できていないと思う。

ーーー
 物理学に、「不良品」「故障品」という言葉がある。
 
 一定以上の体力と知力を持っていない生命体については、生理学、特に人間の生理学だと、いろいろきれい事のオブラートでごまかすが、

 物理学的には、はっきり申し上げて、「不良品」「故障品」と同義なのである。

ーーー
 「女は産む機械だ。」といった大臣がいたが、逆に言えば、「男は産ませる機械だ。」または、「男は出す機械だ。女は容れる機械だ。」となる。

 生命体を機械というのは事実に反するが、

 理学的な作用・機能のことを言うなら、物理と生理の違いはあれ、本質は突いているのだから、それは間違っていない。

「女は産む機能を持たない。男は産ませる機能を持たない。」という人がいたら、そいつこそ、嘘つきで、詐欺師だ。

ーーー
 大臣が言った「機械」という表現は、文学で言う比喩に過ぎないのに、それに目くじらを立てて怒る人がいるのだから、怒る人の知能の程度がしれている。

 もっとも、作家でなくて大臣なら、業務中は、比喩はわかりにくくなるし誤解するバカも出てくるので、直接正確に話せ、という意見要望は出てくるだろうが。

ーーー
 話を物理学の不良品に戻すと、
 工場で不良品が作られたら、どうするか?
 
 買った商品が、不良品になったら、どうするか?
 修理費用が、新品価格を遙かに上回る場合には、どうするか?

ーーー
 不良品を、店で標準料金で売りつける、客に買うことを強要する、そういうメーカーや店主は、人から何と呼ばれるか?

 はっきり申し上げて、「押し売り」「詐欺師」「悪徳商法」「反社会的人物」である。

 新品1万円で売っている商品(標準持続機能は3年。)なのに、
 故障修理サービスといって、10万円の修理代(その場合の標準持続機能は、1年)を要求し、
 断った客に対し、「絶対に修理しろ。新品を買うな。」と強要するメーカや店主は、人から何と呼ばれるか?

 はっきり申し上げて、「押し売り」「詐欺師」「悪徳商法」「反社会的人物」である。
 
ーーー
 生物、特に人間は、無機物ほど単純ではないと、言う人がいるだろう。

 それ自体は事実だが、物理学で言う、本質は、上記の通りなのである。

 物理学でわかることを、生理学ではわからない、という人は、
 基本を押さえていないで理想倒れなことを言う人は、
 無理なことや2律違反を平気でする人は、
 
 はっきり申し上げて、「バカ」なのである。

ーーー
 はっきり申し上げて、日本社会は、「悪貨が良貨を駆逐する」状況が、慢性的に浸透していると思います。

 前にも書いたが、先天病で片足が無くなった野球少年・労災で麻痺が残った競輪選手に、「そのまま純粋競争社会で飢えて死ね。」と周りが見捨てるのは、

 野生生物の過酷な世界では「当然」「当たり前」、せいぜい「やむを得ない。」「残念だが・・・」なのだが、
 
 生態系を支配して豊かになり、高知能の副作用故に悩み心配するようになった人間社会では、
 健常者に負担となりながら、リスクと掛け合わせた程度の「福祉保険」を、一定の範囲で、安心のために張っておくことは、可能である。

ーーー
 しかし、そういう健常者の「安心保険」や、余裕がある人達だからこそできる、余裕のない人達への「お目こぼし」を、
 何か障害者が勘違いして、「当然の権利」「利権」のように、受け取って、

 挙げ句の果てには、不良品故障品のくせに、健常者の求人倍率100倍の、公職や大企業に、特別枠を要求するようになる。

 (先の野球少年や競輪選手は、雇用では、たからなかったものの、趣味の世界で世界大会など贅沢を要求した。)

(言い方が、「欠陥があるとはいえ、種としては高等生物の人間」に対して失礼なのは、百も承知だ。
 しかし、健常者の100人の内の、上から数えて1人がつける職業に、健常者以下の人が就いている以上、
 こちらも感情的にそういう言い方にならざるを得ない。) 
 

ーーー 
 自民政権も、冷戦期の米国の対日優遇政策がいつまでも続くと思って、
 「パイは常に膨らむのだから、それで中道左派どころか左派層まで取り込めるならいいじゃないか。」と、後先考えず大欲をかいて
 「障害者雇用促進法」に、そういう腐敗悪質条文を、入れてきた。

ーーー
 人間は動物なので、食料を必要とする点では、
 物理学で言えば、ガソリンを必要とする車、電気を必要とする電器製品、と同じだ。

 20km走るのに、燃料1リットル必要とする車があるとして、
 同じ性能・収容人数・大きさで、
 
 20km走るのに、2リットル必要な不良品車、
 または、
 10kmしか走らないのに、1リットル必要な故障品車、

 こういう車があれば、普通、店頭では売れない。

 車の料金を激安にすれば、目先の損得で買う人はいるかもしれないが、
 初期投資こそ低いものの、多く使えば使うほど、燃費で割高になるので、使用者にとって損になる。

ーーー
 しかも、動物である人間の燃料(食料)は、車の燃料と違い、
 
 物理的に、何年もガソリンを入れないで使っていなくても、またガソリンを入れれば動く、のではなくて、

 生理的に、使っていようがいまいが、時間と共に一定の燃料(食料)を継続的に必要とするので、
 燃費コストもバカにならず、燃費(食料)を掛けないで商品(生命体)を維持することが出来ない。

ーーー
 これらを考えると、高等生物である人間一人を平均寿命まで育てるのに、
 
 どれだけのコストが掛かるか、食料消費が必要か、ばかにならない。

ーーー
 普通の人間は、その間に、20歳から65歳まで、何らかの労働生産をするから、
 人生の初期と末期は、収益マイナスでも、
 
 生産中は、周囲も許容し、
 
 初期と末期は、
 親や子供が、遺伝子の本能や恩返しで、
 または親世代や子供世代の、赤の他人の納税者が、社会制度で保険的に仕方なく、
 労働生産しない人達を、食わせるのである。

ーーー
 健常者の小学生は、知能や体が未発達とはいえ、親や栄養教諭に指導して貰えればビスケットぐらいは作れる。
 
 しかし、小学生の場合は、

 「先に勉強してから、大人になって成長して労働生産性が高くなってから、
 もっと高度な物を作ったり、同じ時間でもより多量のビスケットを作れるようになって下さい。」、
 ということで、

 学校やクラブで趣味程度にやるだけで、弱い時期に非効率に働くことを、免除されているのである。

ーーー
 ところが、知能に障害がある人、体に障害がある人は、大人になっても、せいぜい小学生並みやそれ以下に、
 健常者に監視されながらビスケットの作業の、それも一部をするしか、「能が無くなる。」

 でも、小学生並みしか能がない人は、やはり小学生の時点までの寿命では、なぜいけないのか?
 高等生物として、高度で複雑なことを、厳しいノルマで生産する人と、なぜ同じ寿命を享受できるのか?
 
 ある一定の年齢以上に脳や体が発達しないのだったら、その年齢以降は、せいぜい、家族や周囲が納得してお別れする、数日なり数週間の時間をおいて、
 警察が捕まえて医師が安楽死の注射をするのでは、なぜいけないのか?

 なぜ、これから生産するかもしれない子供の成長、充分生産した老人の余生、
 彼らに対するのと同じだけの恩恵を、
 労働人口の健常者は、生産しなかったり生産性の低い人達に、お支払いしなければならないのか?

ーーー
 障害者がビスケットを作るにしても、
 結局、福祉公務員や福祉業者が、労働の手助けどころか日常生活の身の回りの世話をしたり、
 現場監督の数や労働が増えたりする。

  単純な労働作業の成果だけをみても、
 健常者の工場なら、平均的に100の投資(時間・労働)で、100の生産物が出来るところを、
 障害者の工場だと、よくても、200の投資(時間・労働)で50の生産物を作っている。

ーーー
 こんな事をやっている、補助金漬けの、税金の無駄の擬似経済活動を、
 厚生労働行政は、効率や負担も考えずに「自画自賛」し、

 「福祉」だとか実体のない造語のきれいごとで、とにかくごまかす。

ーーー
 結局、「障害者雇用促進法」にも問題があるし、
 もっといえば、

 憲法の生存権を、生理学的な科学的根拠もなしに、
 「理想倒れ観念」なのもわからずに、「神のお告げ」「法律のお告げ」(正確にはGHQのお告げ)として、
 一律に信奉している、

 そういう日本の法体系と、日本人の知能に、問題がある。

ーーー
 ある程度までは、健常者平均より下でもいいから、成年までの各年齢ごとに、体力知力での基準点を作って、
 その基準点を下回る、生産性を大きく欠如した重度の障害者には、安楽死していただく。

 そこまで重度でなくても、障害を持って生産性が低い人は、
 健常者求人倍率100倍の公職や大企業は論外だが、

 補助金漬けの見せ掛けの、「自立していますよ労働ごっこ」をする必要はなくて、
 好景気の時期だけ、派遣や契約で働き、
 それ以外の時期は、生活保護をもらって、

 施設やコロニーの中で、半分隔離・半分監視付きの社会参加の中で、一生を生きればいいのではないか?

 囚人ではないのだから、極端に懲罰的な施設待遇をする必要はないが、
 生産性に問題があるのだから、「正規雇用」だとか「自立」だとか、挙句の果ては「繁殖」など、まったくする必要はないと思う。

ーーー
 福祉産業というのは、ヒトラーの軍需産業と、左右逆で、本質は同じだと思う。

 ある程度までは、たしかに社会も必要として、雇用も生産も生む。

 ところが、ある程度以上は、逆に社会にとって負担で迷惑になる。

ーーー
 ヒトラーの軍需産業は、弱い国と争っている間は、
 国内に雇用と生産を生み、戦争にも勝って資源も獲得し、(というよりも、軍事力背景の外交で成果をほぼ獲得したので、被害もわずか。)、
 右肩上がりの成長産業だった。

 しかし、ある時点で費用対効果の逆転点があるのに、止められなかった。
 大砲や戦車は作っても使わなければ、ただの鉄の消費、労働力の磨耗なのに、
 周辺がすべて強国になれば、もう脅しで屈服する国もない。

 無理やり使おうと強い国とケンカしたら、負けてすべてを失った。

ーーー
 大日本帝国も、満州国建国までがギリギリの費用対効果点であったといわれる。

 それ以降は、中国を妥協できない範囲に追い込み、米国のアジア商業利権とぶつかり、干渉を招くことになった。

ーーー
 今の日本国憲法は、大日本帝国憲法と、天皇制維持の点(国体)以外では、まったく正反対の憲法だ。
 植民地憲法である。
 もっといえば、日本の弱体化を目的とした憲法である。
 
 ただし、英米法は、アングロサクソンの文化で、「臨機応変」に変える、が母体なので、
 合衆国人を弁護すれば、

 彼ら合衆国人達も、後々の日本人が、1945年にGHQが作ってあげた憲法を、「神のお告げ」のように、そこまで宗教的に信仰して墨守するとは、夢にも想像していなかった可能性は、ある。

ーーー
 その憲法に書いてあった、「公共の福祉」「生存権」が、
 その当時のGHQも、科学的根拠よりも宗教的信仰で法を作る要素があったのだろうが、

 言葉だけ独り歩きして、
 理想倒れになって、

 弱者の不正利権、腐敗利権の隠れ蓑になって、
 (法律にそう書いてある、を盾に取れば、「法律のお告げ」、により、どんな我利我欲も、押しとおせるから。)
 
 おそらく世界一の腐敗した福祉行政と産業を、作り上げてきた。

ーーー
 福祉産業は、軍需産業とはちがい、行きすぎた場合は、暴力でなく詐欺だから、
 急成長も急没落もしない。

 長い間に、気づかれないように作り上げられ、
 宗教詐欺と同じように、狂信者たちのテロにも助けられ、
 衰退するにも、時間がかかって衰退していくのである。

 外務省改革案

 外務省系統の仕事は、結局、

 使者+人質+交渉人+使節+スパイ+諜報 である。

ーーー

 軍事的に均衡している時に、平和を維持する、または、戦争の結末が見えてきたときに、平和を構築するために、その仕事はある。

 また、戦争が始める前や戦争中に、戦況を有利にするための工作も、仕事である。

ーーー
 争いが起こる原因には、利害や相性の不一致があるのだから、

 冷戦時代は、一番利害があわないのは、東側社会主義陣営だったが、今は、第3世界、南側陣営である。

ーーー

 かなり利害があわない相手とは、

 個々人の人間関係に例えれば、
 会社の代表や上司がその人を選んだので、
 仕方なく、会社の同僚・上司部下として、その相手がいて、

 平日9時~5時の間は、互いに生活がかかるので、業務上の最低限のコミュニケーションはするが、
 それ以外は、少なくとも一方に損なので関わらない相手。
 
 リストラや出世などの変動時には、社内で常に、どちらが出ていくか、干されるかの、対立関係にある人間。

 そういう関係である。

ーーー
 で、今や日本にとって一番利害があわなくなった南側陣営に対し、日本の政府は、協力隊など、国民でもっとも質の低い人的資源を投資している。
 
 質の低い人的資源を事業に投資するとは、
 戦争に例えれば、雑兵を前線に送って敵の精鋭の前にぶつけるような物で、負けた際の人的損失や投資予算は少ないかもしれないが、決して勝つことも出来ない。

 協力隊事業も同じで、外務省は、「こんなに低予算(それでも150億円)の割に、個々の事例で、ちょっとばかし友好を築いている。」と宣伝しているが、
 やはり、人的資源の無駄使いだと思う。

ーーー
 冷戦時は、東西の代理戦争のチェス盤にすぎなかった当時の第3世界を相手に、
 どうせたいしたことない国相手だからと、

 日本政府(自民政権)は、国内政治的に、中堅や弱者層の機嫌(選挙票)を取る動機で、
 中堅や弱者に外交参加の機会を与えようと、JICA・協力隊を使った行政システムを作ってきた。

 ところが冷戦構造が終わったにもかかわらず、
 そのシステムを未だ維持していて、変えられない。

 日本の政治のトップ(内閣)や外務省が、いかに怠け者で、時代の変化に適応できていないか、の証左である。

ーーー
 経世会政権のつけで、ただでさえ慢性的に金がなかったのに、地震のような自然災害の損失まで起きた。

 まず、弱者層の外交参加は、論外なので即刻止めるべきである。
 (協力隊、特に障害者の協力隊派遣。)

ーーー
 次に、中堅層の外交参加であるが、これも、
 JICAが、途上国相手に限定とは言え、第2外務省化していて、しかも「独立」して政府統制も受けていないので、
 大問題である。
 
 緒方は、ただのしおれた看板である。
 組織自体が、問題である。

 これは、今の協力隊事務局並みに縮小して、後述するシニア海外派遣職員の事務局に徹底させる必要がある。

ーーー

 JICA職員の雇用契約は、2~3年契約とし、更新は優秀1割のみ1回1年のみとする必要がある。

 勤続年数と同年数は、再契約しないで、雇用の機会均等を図る。
 年齢も、40代以上から、雇用するようにする。

ーーー 
 そして、現行のシニア海外ボランティア制度を、遊ばせる目的でなくて仕事させる目的の制度にして、選別の質も高め、
 シニア海外派遣職員と改名し、JICAが派遣会社代わりになって派遣するようにする。

 この中堅層のシニアを、途上国に限定せず、むしろ先進や中進国の、大使館業務の下部・現業に、使う。

 (正規外交官より人件費を安くするため。全世界への正規外交官の人員不足の解消のため。)

ーーー
 途上国相手は、シニア海外派遣職員の一部の比較精鋭を使ってもいいが、
 基本的に、JICAやシニアをうまく使えば業務と人員に余裕がでるので、余剰となる正規の外交官でやる。

 外交官試験は、キャリアの半数は、国1から国2水準に落としても、自衛隊や警察と同程度か少し下の、体力試験も含めた選考にして、対途上国折衝が出来る人材を雇うようにする。

 語学専門の半数も、語学試験の基準を英検2級程度にする代わりに、体力試験も課す人達を、雇用するようにする。

ーーー

 現状; 国1学業エリート(キャリア)+語学専門+3種、の3層構造。

 案 ; 国1学業エリート+「国2・体力試験」(ここまでキャリア)、+語学専門+「簡易語学+体力」(ここまで他省の2種相当)、+3種の、3層構造にする。

ーーー
 今いるJICA職員の大半(シニア事務局としてのJICAに残す以外)・関連の財団の全員は、解雇すればいい。
 雇用保険も福祉制度もあるので、彼らは困らない。 

 社団は、民間なので、勝手に独立採算で事業をやればいい。

 

 2011年5月13日 午前9時11分

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