2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

«  カースト制度の具体案。 | トップページ |  青年海外協力隊の、廃止の必要性について。 (8) »

 先祖被差別民の問題について。

 被差別民は、江戸幕府時代に、身分が固定したという。

 しかし、実際には、室町時代ぐらいから、そういう職業集団はあったともいう。

ーーー
 結局、被差別民問題は、起源について、
 明治以降、歴代の被差別民子孫が、
 歴史的経緯を、真実が知られると都合が悪いからと、ごまかして隠していると思う。 

 天皇制の場合は、天智天皇以来、易姓革命を防ぐために、起源を神話にして、王位を神格化したのが理由だが、

 被差別民の場合は、神話にして得をするためというより、むしろ真実を知られると損をする、というネガティブな理由だと思う。

ーーー
 中世は宗教の時代だったから、
 たしかに、仏教の思想で、動物を解体する職業は、職業として、不当に卑しめられたかもしれない。
 キリスト教の牧畜圏では、「なんで?」という理由で、一種の職業が、悪くされたことは、事実かもしれない。

ーーー
 だから、そのこと自体は、現代の科学時代になれば、
 何で屠畜や皮なめしが、「職業として」卑しいのか?、おかしいじゃん、とは、なる。
 
ーーー
 しかし、大事な本質は、職業内容というよりは、

 なんで、中世の時代に、現代から見ればおかしな狂信が理由にせよ、当時の人々が嫌がり煙たがる職業に、
 一部の人たちが、ついていたのか、ということだ。

 そこを、被差別民祖先の人たちは、隠したいのではないか?

ーーー
 その職業が好きだから、世間の評判を気にせず、ついていた、という人たちも、いた可能性は否定できない。
 
 しかし、中世の宗教支配が強ければ強いほど、そこまで不利な職業に、喜んでつく人は少ないのだから、

 むしろ、何らかの理由で、「生きていくために、その仕事をせざるを得ない」」「その雇用しか得られない。」 
 そういう人たちが多数だったのではないか?

ーーー 
 現代の雇用情勢から類推すれば、すなわち、
 「健常者の中の極端な弱者層」、「障害者層」
 だった、可能性は、大きい。

 語彙をそのまま素直にとれば、「穢れが多い」という「えた」は、弱者。
 「人間じゃない」という「非人」は、障害者。

 その可能性がある。

ーーー
 で、なぜ、そういう人たちが、
 現代以上に食糧が少なく、生存が厳しかった時代に、
 絶滅されずに、

 ある意味、「封建身分制度」の中で、「農民のガス抜き」の役割として、「身分」を保証され、
 累代の系統を続けることができたか?

 その理由には、
 
 やはり、室町幕府以降、特に、江戸幕府など、封建武家社会の問題点があると思う。

ーーー
 要するに、人口の7%の武家が、残りの農工商を支配して、寄生して生きていた。
 しかも、戦国時代を除けば、江戸時代など特に平和で、警察権力以上の軍事武力は、あまり必要とされていない時代。

 飢饉に弱い東北の諸藩などは、一揆の鎮圧のための軍事力が必要だったので、
 武士が武士のまま発達して、武士も農民もギリギリの生活で、被差別民を作る余裕も必要もなかった。

ーーー

 しかし、それ以外の、温帯の関東以西、特に、幕府軍の軍事力から遠い西側の諸藩では、
 そんなに飢饉で一揆が頻発するわけでもなく、結果として、軍事武力があまり要らず、武士が鍛錬を怠らないで屈強でいるわけでもない。
 しかし、封建社会の平和が続いているので、武家が農工商を支配する構造は変わらない。
 
 その状況が続くと、戦国時代までの身分・関が原の功績を根拠に、いつまでも制度的に、武家に支配されている農商工の不満も強まる。

 そこで、農商工、特に、農商工の下層の、不満を、ガス抜きするために、
 被差別民階級を人為的に作り、

 いわゆる、健常弱者や障害者を、半分福祉(建前)、半分政治目的(本音)で、生きさせてきた。

 これが、被差別民身分の、真相なのではないか?

ーーー
 もちろん、中世の仏教思想を信じる社会では、動物相手の職業を、社会の中で誰かにさせる際に、皆が嫌がるので、
 誰かに、社会の中で一番下の人たちに、させる必要はあった。

 しかし、その職業を、「農商工身分の下層にはさせずに、わざわざ、特別の身分を作って、その身分にやらせた」のは、
 
 人口の7%の武家が、何十年・百十年昔の関が原で確定した、固定した身分制度の中で、
 平和な世になって、それほど軍事力が必要とされていない地域で、
 
 いつまでも制度的に支配されている、人口90%以上の農商工の不満を、ガス抜きするために、
 スケープゴートの、特別身分を、作る必要があったからではないのか?

ーーー
 だから、被差別民問題の原因が、
 江戸幕府の体制や、室町幕府の安定期など、
 平和な世にもかかわらず、農商工を武家が支配する時代の、封建制度にあったのは、 
 事実であろう。

 戦国時代の場合は、淘汰が激しく、また身分の移動も比較自由なので、
 単に、農商工の下層が、人々が宗教的に忌み嫌う仕事で、しかたなく生計を立てた、それだけだったはずだ。
 
ーーー
 つまり、江戸幕府の時代を通じて、
 被差別民だったということは、

 「遺伝学的に、
  その身分の者たちが、健常者弱者や、障害者であった可能性が、高い。」
  という、仮説が成り立つと思う。

ーーー
 ここを、先祖被差別民団体は、一番隠したいのではないか?

ーーー
 天皇家や公家もそうだが、
 特殊な身分の中で、何代も続けば、同じ種とはいえ、特殊な進化をする。

 被差別民が、特殊な身分の中で、何代も続けば、当然、同じ種とはいえ、特殊な進化をする。

 これは、狂信者ではない、遺伝生命科学者なら、理解できて、認められるはずだ。

ーーー
 それを、明治の世になって、キリスト教詐欺の影響で、
 いきなり、水平だ、同じだ、などと言われても、
 
 これは、「動物分類学の、ホモ・サピエンスという種の、大まかな種の分類では、同じだ。」
 というなら、真実だが。

 「公家の子孫も、農商工の子孫も、被差別民の子孫も、全く『同じ』だ。
  遺伝的に違いはない。
  差別というヒステリックな宗教用語でごまかして、いわゆる『血統での区別区分』をしてはいけない。」

 というのは、嘘で詐欺なのではないか?

ーーー
 戦前は、
 天皇家、公家・旧大名家・維新士族、賊軍下層士族・農商工・被差別民は、
 皇族・華族・平民、と、
 3つにだいぶ集約したが、

 さすがにまだ、分けてはいた。

ーーー
 しかし、戦後、フランス詐欺革命に影響された合衆国の植民地になると、
 皇族の一家族以外は、全部まとめて、身分制度が無くなった。

 そこにつけこんで、
 被差別民団体は、ますます、そうとうな「わがまま」や「反社会行為」を、したのではないか?

ーーー
 はっきり申し上げて、
 江戸幕府が、被差別民を作ったのは、「間違い」だとは思う。

 それは、関が原で決まった武家身分制度、農商工を不当に長く支配する体制を、
 武家が、戦乱の世が終わったのに、いびつに長く維持しようとしたために、
 作った、

 「無理」のある、身分制度だったと思う。

ーーー
 しかし、その「間違い」の理由は、

 差別される根拠のない人たちが、悪の宗教政権により不当に宗教差別された、とかいう、メルヘン物語的な美しい悲劇ではなく、

 単に、「ただの」劣等な、健常者弱者・障害者を、本来淘汰されるはずだった人たちを、
 農商工に対する、いびつな政治体制を維持したい、武家特権階級が、
 支配されている農商工へのガス抜きとして、利用するために、
 
 表向き、「きれいな福祉と慈悲」、
 本音は、
  「その時代で宗教理由で最低とされる仕事を、農商工にさせず、その人たちにさせることで、
   さらに、彼らの哀れな生態を、農商工に見せつけることで、

   宗教制約のある労働需要と、農商工の社会不満解消を、一石二鳥で解決。」
 
 しただけなのではないか?

ーーー
 そう考えると、
 本来、もし当時の、江戸幕府が、武士と農商工を身分制度で区別しようとせずに、
 世俗の民主主義体制を作っていたなら、
 
 当然、動物を扱う仕事は、単に雇用の一つで、別にいやしくも何でもなく、
 農商工の下に、別の身分を、恣意的に作る必要もなかったのだから、

 それこそ、被差別民にされていた人たちは、単に淘汰されるか、社会の末端にいただけの、能力の低い人たちだったのではないか?

ーーーーー
 遺伝は、1代の流れぐらいでは、親の能力のうち、
 たとえばプロ野球選手の様な、希少で複雑で難しい能力は、100%は伝えない。

 だから、長嶋選手の息子は、野球で長嶋選手程にはならないが、
 あれは、長嶋選手が、集団内で希少なほど、突出している、と評価したほうがいいものだ。

 長嶋選手の息子も、
 国民一般で平均的に野球ができる人、すなわち、2軍・地域リーグ・社会人選手程度の能力や、
 少なくとも、ふつうのスポーツマン並みの体格と体力はあるわけで、
 これは、やはり、遺伝の部分である。

 何代も、野球でプロをするほど血統が続けば、当然、他の血統より、顕著に、野球が得意で、スポーツマンの、遺伝子になる。

ーーー
 遺伝子の配列の偶然性はあるので、非常に低い確率で、次の代に、親より極めて優秀だったり、逆に極めて劣等だったりする個体が、生まれる可能性はある。

 しかし、統計的な数値は、今後、実証結果を増やしていく必要があると思うが、たいていの確率で、親の+-α程度の、実力になるのが、遺伝である。

 競走馬や家畜飼育では、十分実証されているにもかかわらず、
 宗教狂信者たちが、科学者たちが人間でデータを集めることを、妨害している。

ーーーーー
 松本議員は、
 あのいきさつには、不運な部分もあっただろうが、
 
 国の立法府の社会党系議員としては合格でも、 
 危急時における行政府の大臣としては、下の人を不要に不快にさせる、という失態をした。

 特に、東北の人に、「私は、先祖が被差別民だったから、多少の個人わがままや、先祖からの仕返しは、同情してくれ。甘く判断してくれ。」、は、
 東北の人には、加害した歴史もないのだから、通用しない。
 
 「なんだあの態度は?!」と、東北人がかんかんに怒るのは、当然の結果である。

ーーー
 ひと財産を築いたり、中央大学を出たり、長く議員を続けたり、
 普通の人は、簡単にできないのだから、
 
 先祖被差別民の人たちの「一部」が、
 機会が平等に与えられる社会になって、
 非常に努力して、
 結果も出した。
 
 これは、事実関係だ。

ーーー
 しかし、先祖被差別民の人たちは、
 やはり、自分たちのルーツを、隠したり、ごまかしたり、しないでほしいと思う。

 都合が悪いことは隠す、では、
 先祖が公家や武家の人たちとはもちろん、農商工の人たちとも、
 うまくやっていけるはずがない。

 ルーツをきちんと明らかにして、自分自身に関する「真実」を受け入れれば、
 ルーツが「違う」人たちとは、不要に近づかない、一定の距離を置く、

 これは、差別とかネガティブなことより、自分自身にとって、自分が傷つかないために、損をしないために、
 必要なことだと、気づくはずだ。

ーーー
 少数派とはいえ、それなりの数は、地域や全国にいるのだから、
 同じルーツの人たちとだけ、友達になり、結婚すればいいじゃないか?

 なぜ、嫌な気分になってまで、損をしてまで、「違う」人たちと、
 友達になったり、結婚したいのか?

 相手が気にしない、自分が気にしない、両方の条件が満たされないなら、
 ガキや知的障害者でないなら、べったりくっつこうとなど、しないはずだ。

 もちろん、教員が、ガキに嘘八百の「観念平等思想」を教えて、
 当時の子供が、後々に傷つく種をまいているなら、
 とんでもないことだ。

ーーー
 世の中、親友か敵か、などというのは、ガキ・知的障害者・出来の悪い一神教徒が考える極論で、
 普通は、その中間がある。

ーーー
 外国人と関われば、先祖被差別民、ということでは、向こうには何の事だかわからないので、気にされないが、
 その分、個人の能力そのものを、遺伝的血統の前に、見られる。

 それでも、狂信者でない遺伝科学者だと、長く付き合う親友や結婚相手ともなれば、相手の血統は知りたくなるものだ。

ーーー
 先祖被差別民の人たちは、なぜ、自分たちの祖先が、そういう身分になったのか、気持ち良い嘘に逃げ込まずに、
 はっきり、現実を見て、歴史を調べて、明らかにしてほしい。

 そして、今の世俗の民主主義社会の中で、
 科学的現実的に、自分個人の能力、そして血統として持った遺伝子、
 これを、自己認識してほしい。

 そうすれば、例外的な、すごい突然変異の天才や、
 直近の数代にわたって、並々でない努力をして、結果を出した秀才でなければ、
 
 自身が個体として、遺伝子として、強くないのだから、
 自身が傷ついて苦しまないために、「違う」人たちとは、嘘の平等思想を盾に、一定以上に近づくことは、しないようにするはずだ。

ーーー
 松本議員は、先祖被差別民の中では、トップに近い優秀者だが、
 それでも、危急時の要職大臣としては、結果を残せなかった。

 彼が、農商工や、果ては公家武家の子孫だったら、
 スタートが違うので、同じ時期同じ機会があっても、もっと違う結果になったかもしれなかったが、
 
 それが、現実であり、社会であり、世の中なのだと思う。

ーーー

«  カースト制度の具体案。 | トップページ |  青年海外協力隊の、廃止の必要性について。 (8) »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

«  カースト制度の具体案。 | トップページ |  青年海外協力隊の、廃止の必要性について。 (8) »