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2011年11月

 米国型民主主義社会とは、「政治は左派社会・経済は右派社会」の構造なのではないか?

 合衆国は、
 英国の伝統から発展した民主主義の影響も受けているが、
 フランス革命の影響を強く受けている。
 
 もともと、英国社会、伝統貴族の階級社会制度に、なじめなかった人達が、移住した、基礎を作った社会でもある。

ーーー
 日本を強く支配し、影響を与えている米国型民主主義社会とは、
 簡単に言えば、
 「政治は左派社会、経済は右派社会」、
 なのではないか?

ーーー
 なぜ、米国型民主主義の政治 が、根本は左派社会になっているかと言えば、

 選挙票が1人1票で、能力にかかわらず平等。

 基本は(非常時以外は)、行政府に対する、立法府の優越。
 (法律を抑えれば、行政府はただの手足になる。)

 人々の集団の価値観を、
 土台基礎を、「法律」、「政権交代次第で、各政権の嗜好により、法律と道徳の間を行き来する、法律と道徳の中間。」、「科学技術や人類社会の急速な進化などで発生する、現在法律ではないが将来に法律になるべき重要道徳。」;
 1階2階の低層階の建築を、「低い階から、重要性・普遍性での濃度順での、各種の道徳。」;
 上の高層階に行くほど、「個々人の趣味としての好き嫌い。」;
 ととらえると、

 土台から低層階、そして高層階にまで影響を与えている、キリスト教、特に原点修正主義のプロテスタント。
 
ーーー
 こういう社会では、政治では、一番割を食って損をするのは、当然、右派の人達である。

 生存競争、弱肉強食、の本質社会なら、元来一番得をするはずの人達が、中堅と弱者に足をひっぱられる事になる。

 もちろん、狼の社会が、本能的に、仲間同士では、集団内序列を作る以上の目的では相手をかみ殺せない社会のように、
 人間という種族の個々の攻撃力が強すぎるので、たしかに、個々人がある程度社会性を持たないと、生きていけない種族ではある。

 そうでないと、平和時に自国の地元街を歩く時でさえ、まるでイラクの米兵の様に、予測不能の敵に対する極度の緊張と負担に常にさらされて、
 昼も壁や集団の輪から背を離せず、目に映る動く対象に常に銃口を向け、夜も落ち着いて眠れない、そういう日常を過ごさなくてはならなくなる。

 しかし、右派の人達にすれば、
 刑法の基本、民法の基本にあるような、最低限の禁止ルールを所属集団が守ってくれさえすれば、
 保険も、めったにないがよほど大きなリスクがある内容だけ、最小限の内容を低保険料で払っていれば、
 たいていは自力で充分生きられるので、高負担で細かい受益の保険助け合いに頼ることは、まず無い。

ーーー
 だから、体力知力が優秀な人には、
 一人一票で、
 知的障害者が憲法違反だとかぬかして、選挙投票紙を行政から貰えなかったことを裁判するような、
 こういう極端な選挙制度は、
 「はっきり申し上げて、非常に迷惑で負担」でしかないのである。

 目の数、胃の数、手足の数が、個体同士で同じというなら、
 それは、何も人間同士でなくても、人と犬、サルとネズミ、虎と鹿も、同じである。

 動物の部分が平等だから、選挙票も平等にすべしと言うなら、
 それこそ、犬にも、ネズミにも、鹿にも、投票用紙をあげて、投票して貰わなければならなくなる。

ーーー
 つまり、北島康介さんと身体障害者、前原誠司さんと知的障害者を、
 同じ1で扱う、選挙制度は、
 
 もし「下等生物と同じ部分」、人間以前に動物である部分に関する公共についてなら、
 たとえば、(巨視的には世代間の適者生存原理を無視した人工要素とは言え)、1世代に限れば、最低限の福祉保険での保障としての、社会の余裕の範囲での低い次元での衣食住を扱う、生活保護制度についてなら、
 まだ、1人1票でも機能する。

 しかし、
 1人1票は、
「高等生物である人間として」、より高知能高体力を前提に必要とする、人間社会故の高度な公共事業を判断する際には、
 不公平で適切を欠くことになる。

ーーー
 すなわち、現在の1人1票制度では、
 一番得をしているのは、
 
 元来1番弱い立場故に、1番弱い受益しか得られないはずなのに、
 中堅層の次の立場で、同じ少数派として優秀右派と数で対等に立つ、
 元来←→制度の、本質能力と付与権限の垂離での比例比較で言えば、一番ずうずうしく厚かましいほどの、多大な差額権限の受益を得る、
 弱者層である。

ーーー
 次が、
 元来、王や貴族に従う、良民として、
 社会の中で中くらいの権力と受益を得るはずが、
 最大多数の権力者として、数の支配の王貴族に収まる、
 中道中堅層である。

ーーー
 そして、先に述べたように、
 権力を中堅中道にもぎ取られて、
 元来直接関わることすらない、遙か劣等の弱者層と、少数派同士として、対等扱いされ、不当な屈辱と侮蔑を味わい、
 優秀な能力を、中道層への手助けや、挙げ句の果てには劣等層の救済のために、使わされる、
 優秀層こそが、1人1票制度の被害者である。

ーーー
 立法府の優越、
 キリスト教の、道徳や個人趣向への影響、
 これら2点も、選挙制度と相まって、
 弱者ほど比例得をし、中道も権力を取れて得をし、優秀が馬鹿を見る、そういう政治体制の構造になっている。

ーーーーー
 これでなぜ、合衆国で、
 不当に虐げられた右派による、逆さ革命運動や、白色テロが起こらないのか、

 といえば、

 それは当然、

 中道左派の大統領と議会が天下を握っていても、(中道右派が天下を握っていたときも、先の3条件のために、本質は同じだが、)、
 NYの公園でのデモを見ればわかるように、
 
 経済ではねじれていて、

 経済では、
 「平等」を重視したソ連を悪霊のように憎んでたたきつぶしたほど、
 合衆国社会は、「自由」を尊ぶ、右派の天下の、右派社会であるからである。

ーーー
 つまり、経済面で、右派の天下になっていることが、
 政治面で制度的に左派の天下になっていても、
 右派がきれて逆革命や白色テロに走らない、その原因になっているのである。

 ウォール街の所得、大リーガーの所得、
 政治でいかに劣等や中道に「抑圧」されても、
 個人として、札束の数と口座の金額では、王や貴族の生活が出来る、
 それこそ、彼らが、逆革命やテロに走らない理由である。

ーーー
 また、合衆国が、合衆国型の民主主義「革命」を広めるために、定期的に戦争をしていることも、
 戦時には、行政府の力が強くなるので、
 行政府は、本質の能力主義の序列なので、
 戦争をすることが、平和時には左派に支配された右派の、政治面でのガス抜きにも、なっている。

ーーーーー
 フランス革命の影響を受けた国として、
 1,本家の、フランス共和国、
 2,未開の植民地に飛び火した、ハイチ、
 3,英国を逃れた英国人に、アメリカ大陸温帯域で受け継がれた、合衆国、
 4,フランス革命に影響を与えた啓蒙思想家の後継である、その後の欧州の次世代の啓蒙思想家が作った、経済面でまた別の方向に進化した亜流思想の革命による、ソ連。
  (中国は、そのソ連の更に亜流。)。
 
  これらがある。

ーーー
 合衆国が強ければ強いほど、日本とドイツを潰し、ソ連を倒し、世界を征服するほど、
 1,本家のフランスは古都のように超然とし、
 2,ハイチは、
 いい例えが無くて恐縮だが、「個体発生は系統発生を繰り替えす」の生物進化の発展段階で、「○○の耳に念仏」「○○に小判」のことわざ通りの、いや、それ以上に「チンパンジーの群れの争いに人間が作った鋭利ナイフや機関銃」「フェレットにチョコレート」的な、悲惨な結果になった。

 4,のソ連は、
 革命利権を得た少数派活動家の自称ボリシェビキ達を、自身等より優秀な人達を皆殺しか追放して、底下げした社会で、国内比較優位を得た既得権益者・赤い貴族、ととるなら、
 政治は右派専制、経済は左派社会、であった。

 合衆国と正反対のために、合衆国とぶつかり、
 最後は、
 ゴルバチョフが、専制の立場と権限責任を、嫌うか耐えられなくなり、
 民衆が、西側との経済格差を厭って、
 改革→崩壊、した。

3,そして、世界は、
  フランス、
  自国内革命や、革命の影響で作られた合衆国に支配されなかった、英国など少数の、非革命の民主主義国、
  北朝鮮やイランのような、昔のソ連のように、未だに合衆国と敵対している国、
  合衆国が、相手をする価値も認めない、富も資源も文化も低い、ピテカントロプスもどきやアウストラロピテクスもどき達の低開発途上国、

  これらを除けば、
  日本も含め、たいていの国が、合衆国の支配下にある。

 ーーーーー
  外に強い敵がいなくなった合衆国や属国の日本で起こっていることが、
  
  経済が右派社会でいいのか?、運動である。

  政治を左派が握っている以上、
  生活保護、労働法での最低賃金や条件闘争、経営者の義務と規制、
  これら、経済に関する下限については、政治が絡んだルールがある。

  しかし、上限については、これまで青天井だった。
  ウォール街、大リーグは、その象徴である。

ーーー
  重工業開発の頭打ちや人口増により、世界の資源や富のパイが小さくなり、
  ベトナムの教訓があるために、無制限に外国を支配する試みが 必ずしもコスト面で見合わないことも学習した、
  新興故のフロンティア楽観論から現実論に成熟しつつある合衆国人が、
  
  経済に天井を付けることを、考え始めている。

  つまり、経済の右派支配が、終わる予兆がある、ということだ。

ーーー 
 おそらくマネーゲーム投資家が、天文学の金銭を通じた羽振りをきかせる時代は終わるだろう。

 大リーグやプロ野球も、実業団の正社員選手のように、半分、野球以外の会社の通常業務、半分、野球での業務をやりながら、雇用競争や平均技術の程度を落としても、平均的な給与をもらって、定年までその会社で働く、そういうやり方に、変わっていくだろう。

 現役時代に、選手生命を壊すリスクを負ってでも成果のために過当競争して、少数の勝者が40才までに生涯年収を稼ぐやり方では、無くなると思う。
 そうなったときに、野球のオーナーになる会社は、野球選手が40代以降も適性を生かして働けるような業界(警備会社や運輸会社など)になるのではないか?
 
 もちろん、例えば日本の例では、パリーグのような、毎週2回、北から西まで日本旅行をする費用を、会社では捻出できなくなり、
 リーグの地域の広さを小さくまとめたり、全国リーグを維持する場合は、興業形態を、6球団まとめて、今月は東京、来月は関西、みたいな、やりかたになるのではないか?

ーーー 
 しかし、合衆国や合衆国型の国家社会の課題は、
 経済に、下だけでなく上にも規制をかぶせて、左派方向に修正した場合、

 これまで経済が、政治で左派に抑圧されている右派のガス抜きになっていたなら、
 
 今度は、政治の方の左派社会が、今のNY公園デモのように、今度は右派から問題視されるのではないだろうか?

ーーー
 私は、やはり選挙制度には、個体能力や納税額による、票の格差を付けるべきである、と考えます。
 
 北島康介さん浜崎あゆみさんと、男女の身体障害者や身体弱者;
 前原誠司さん森雅子さんと、男女の知的障害者や知的弱者、
 
 これらが、平等に1票を持つ社会は、
 それは、行き着けば、「障害者の天国、下等生物の楽園」になるだけで、
 高等生物である人ほど、足を引っ張られ、権力に搾取され、苦しむ社会になると思います。

 鳥取の人と東京の人が、1票の権利が違う(鳥取の人の方がずる得している。)ことが、社会でちゃんと認知され、問題にされるのに、
 なぜ、能力の違う人が同じだけの権利を持つのか?この不公正には気づきもしない社会は、
 これは、あきらかに狂信左派社会だと、思います。

ーーー
 投票することで責任者になる以上、
 障害者や弱者に投票権を与える事自体は間違っていないでしょうが、
 障害者が一人1票なら、平均的健常者は、一人2票、優秀者は、一人3票で、
 なぜいけないのか?

 1,2,3という比率の数字自体は、より数学的に精度を高める必要があるにせよ、
 選挙制度自体が、人工的制度なのだから、どこかで、政策的に人為的に、完璧でなくても、ある程度社会のルールとして、程度を決めなければならない。 

ーーー
 戦前の伝統外国や日本のように、血統や一定の納税額で参政権を得られるかどうか、というゼロサムの制度は、
 たしかに、参政権を得られない層の、不満や突き上げが激しく、また、権利ゼロの彼らが政治に責任や忠誠を感じなくなり、革命運動に走るので、
 啓蒙思想家達の革命思想による、洗脳支配の影響が強い、革命の世紀の時代には、
 一人一票の狂信一向一揆運動の前に、耐えきれなかった。

ーーー
 しかし、参政権に格差があってよい、という思想まで、消されてしまったのは、
 やはり Fact or False の真実の前には、行きすぎ、やり過ぎであり、
 
 無条件世襲の否定・最低限の水準での個体社会保障は備えた上での、
 遺伝個体カースト制での、
 格差選挙制度が、今後は求められると、考えます。

 

 TPPについて。

 官僚制は、優秀な人ほど、高い権力を持ち、能力を発揮できる。
 民主制は、多数派ほど、大きな権力を持ち、欲望を達成できる。

 これが、ピラミッド型の官僚制と、公選型の民主制の、違いである。

 行政府の力の根源は、能力のある人。
 立法府の力の根源は、多数派である集団。

ーーー
 つまり、
 官僚制は、右派のためにあり、
 民主制は、中堅中道層のためにある。(正規分布社会の場合。)

ーーー
 TPPは、
 官僚、すなわち右派が、交渉に焦り、
 民主、すなわち中道は、勉強不足で、ついていけていない。

ーーー
 官僚制は、男性的ゆえに、危急時に強く、効率と結果を期待できる。
 民主制は、女性的ゆえに、平和時に好まれ、多数が周りを見ながら安心満足できる。

ーーー
 英国や日本の議院内閣制は、行政と立法の境があいまいで、
 内閣政務職に属する人たちは、両方を兼務するので、
 両方の立場の、板挟みになる。

ーーー
 民主主義を採用すれば採用するほど、
 権力を持つのは、中道層になるので、
 その質が、集団の将来を左右する。

 ものすごい数の人たちが、多数派として権力を持つ以上、
 意思決定に時間がかかり、
 薄い形とはいえ、各自が、責任を取らなければならない。

ーーー
 官僚制では、
 少数の強者が、集団の力を凝縮した強い権限を持ち、
 結果責任は、中道や劣等が、権限を行使した強者に、責任をいつも押し付けて、
 
 中道は、総論無責任・各論有責任で、強者から言われたことを適度に、能力に応じてやり、
 劣等は、ほとんど無責任に、強者や中道から言われたことを、やる気なく最低限だけやっている、

ーーー
 しかし、民主制では、
 選挙で現与党を選んだ中道~中道左派の国民も、
 党内で議論していた民主党国会議員も、
 「最後は、首相に一任。」と、行政府に無責任に責任を丸投げしているが、

 選挙権を持ち行使した以上、
 立法府与党として、政府に提案(事実上の指示)をした以上、

 野田総理ひとりや内閣政務職の数十人に、100%の結果責任は押し付けられない、ということだ。

 総理が、比較、1mm~1cmほど、与党議員や、与党投票者より多く責任を負うとはいえ、
 民主主義を言う限り、責任は、与党議員も、与党投票者も、一蓮托生だということだ。 

ーーー
 TPPの本質は、外圧なので、
 こういう時は、程度とスピードを、相手側が設定してくるので、
 受け手である、日本の民主制は、振り回されて、大混乱になる。

 優秀な人たちは、早くから、TPPの影響を計算し始めて、
 各々の利害から、賛否や政治行動に躍起になる。
 
 しかし、
 官僚が官僚組織内で、
 経団連や全中の経営陣が、会社内・農協内でそうやっているならともかく、
 いい年した立法府議員が、官僚のごとく、行動していた気がする。
 
 すなわち、彼ら閣僚や与党議員は、
 閣僚は与党議員に、与党議員は与党投票者に、すなわち多数派に対し、
 ろくに説明も説得もしない。
 上意下達で、「優秀な人の指示を受け入れろ。それが結果的にあなた方の利益になる。」そういう態度だった。

 例外の人はいるかもしれないが、
 たとえば私の近隣地域のある与党議員は、10日になるまで、後援会内部では知らないが、ひろく一般には、ご自身のTPPへの立場を、明らかにしなかった。

---
 そして、
 与党議員にしろ与党投票者にしろ、
 今は、与党の前に「少数は無力」だが、次の選挙までは、与党の行動の結果を、現実生活で受け入れさせられる、
 野党議員や野党投票者にしろ、

 自分たちの責任、自分たちの生活や将来にかかわる問題、として、
 どれだけTPPを勉強したかというと、
 
 結局、官僚制のごとく、「上に任せている。」「指示が来たらやる」、という態度が多いと思う。

ーーー
 だから、上は、説明もせず、下は、聞きもしない。

 それで、外圧に振り回されているうちに、時間切れになって、
 エイヤーと賭け事のように、
 なんとなく交渉に参加する雰囲気・空気になり、
 首相までそれに流されているように、見える。

ーーー
 交渉は、決裂する権利、断る権利を持てる限り、
 国際経済での損得に大きく影響するテーマなら、
 始めることから否定するものではない。

 もちろん、「テーブルに着いたら決裂は許さない、断れない。」
 などと主催者側が言い出すなら、
 それは、交渉ではなくて脅迫強要なので、
 初めから参加する必要はない。

 そういう脅迫強要の交渉での条約の場合は、
 むしろ、国際社会でのあらゆる外交手段を通して、
 他国間のTPPを妨害潰す方向に、日本は動くべきである。
 (それだけの国力や外交能力があるかは、別の話だが。)

ーーー
 相手があることなので、相手の態度があり、
 日本の態度があり、
 双方(多国間なら複数国)の利益が一致したら、
 締結に至るだけである。

ーーー
 ただ、
 テーマや分野が、あれもこれもで包括的すぎる、
 関税撤廃や規制撤廃など、内容の程度が、大きすぎる、
 参加国が多すぎる、(政治や文化に違いがありすぎる国同士がある。)、

 これらを見ると、かなり急進的な条約だと、一般的に思える。

ーーー
 テーマを絞る、
 程度を少しから始める、
 参加国を限定する、
 
 このあたりが、現実的に負担やリスクを少なく、経済自由化を進めるには、
 (経済自由化が、果たして本当に必要なのか、は置いておいて、)
 
 元来、交渉の出だしには、必要なはずである。

ーーー
 島国の英国や、地理端のノルウェーが、EU統合に、他と一定の距離を置くように、
 日本が、ある程度、他国と距離を置くのは、やむをえないことなのではないか?

 つまり、東南アジアの地域圏の小国同士、合衆国、果ては太平洋側とはいえ南米と、
 一度に、包括的・急進的・多国間的な、条約を、一気に結ぶことが、
 
 本当に適切なのか?

ーーー
 ある意味で、

 交渉に参加して、議論や条約を、自国に都合よく運ばせて、
 最後は、条約に参加しない、または一定の留保や緩和条件をつけて参加する、

 国際連盟を作ったころの合衆国の様な、巧妙な立ち回りが、
 必要なのではないか?

ーーー
シナリオA;

 戦後の過剰な国際協調の成り行きで、
 右派の官僚にせよ、元来は多数派の議員にせよ、
 「対外;どこまでも国際協調・ 対内;官僚制の上から指示」、の態度で、
 何でもかんでも外国の言うことは、ほいほいと聞いて、
 断りきれず流されて、交渉の駆け引きに負けて、
 日本の多数派の民意を無視して、サインしてしまう。
 
 結果、外国にいいように利用され、日本に損害が多い条約を結ばされる。

 そして、
 執行部や官僚は、
 権利行使時は、「非常時だ!優秀な俺たち私たちに任せろ!任せて!」と言いながら、
 責任を取る時は、「民主制なのだから、みんなの責任だよね。」
 と言い訳する。

ーーー
シナリオB;

 逆に、

 多数派議員や右派官僚が、
 閣僚や官僚の優れた知見と、選良議員の多数派利益への代弁者としての判断でもって、
 うまく選んだ、いい結論としての条約調印に対し、

 日本の中道層の能力が、極端に低く、勉強もしない場合、
 
 中道層が、権限だけ民主主義を名目に行使して、責任は官僚制のように上層右派がとってくれると思い込んでいて、
 造反与党議員や民衆が、「これが民意の多数派の意見だ!」といって、
 無責任によく勉強もせずに、大衆運動で反対して潰してしまう。

 結果的に、日本が国際取引で取り残され、中国など枠外の別の外国が得をして、
 日本や国民が損をする。

ーーー
 どちらになるかは、
 結果的に、TPPが、内容や制度として、日本社会全体に、利益をもたらすか損失をもたらすか、

 および、

 閣僚と官僚・有力議員、が、一国の代表といえるほど有能であるか?
 多数派の、与党議員・与党投票者・野党も含む国民が、責任に値するほど努力して勉強して、能力をつけられるか?

 これらによる。

―――
 専業の閣僚・議員・官僚と違い、
 日々の自身の市場労働に忙しい中道層は、
 TPPについて勉強するといっても、余暇の時間を使うしかない。 

 結果、全ての情報を自身で細かく入手する作業は、時間的にとれない。

 それゆえ、優秀な閣僚・議員を選ぶ目、優秀な人が官僚になるような制度を作る閣僚・議員を選ぶ目、
 それが、中道層の民衆に求められることになる。

 いわゆる、自身がいい結論を選択することができなくても、いい結論を選択する人を、見い出し、評価し、権力を与えられる、能力。

―――
 民主主義であるほど、閣僚も議員も、官僚も、中道民衆のパペットに過ぎなくなる。

 そして、結果責任は、中道民衆自らが、取らされることになる。

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