2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »

2013年1月

 広島大学を事例とした、道州レベルの大学での学部・大学院構成の、改良案。

 広島大学大学院国際協力研究科の、廃止の必要性について。

 広島大学に、国際協力研究科という、大学院があります。
 全国の国立大に、いくつか、その手の大学院があります。

ーーー
 東大を卒業して国家公務員で働く、外務省の課長補佐以上のエリートに、
 または、それに相応する、国際事業を展開する、大手民間企業のエリートに、
 大学院水準の社会人教育を、東大大学院、もしくは京大大学院が、備えることは、理解できます。

 しかし、なぜ道州レベルの大学、挙げ句の果てには、横浜国立大のような、県レベル大学に、国際教育が必要なのですか?しかも、大学院水準で?

 国際協力大学院を全国に不要に作りまくった黒幕が、文科省系統なり外務省系統なり、それに付随する民間企業の誰だったのか、知りませんが、

 はっきり申し上げて、非常に迷惑で負担です。
 論外です。

ーーー
 広島大学は、中国地方の道州を代表する大学になっていいと思うので、
 そこが、修士課程の大学院を持つこと自体には、反対しません。

 中国地方の国立大教員の後継者を育成選抜するために、世代毎の入学定員数を限定さえすれば、博士課程を作る事にも、とりたてて反対しません。

ーーー
 しかし、法経学部・農工学部・医歯薬学部、これら学部の延長の大学院以外は、必要ないはずです。
 学部も再編して、法経学部・農工学部・医歯薬学部の、3学部に、再編する必要があります。

ーーー
 学部長ポストの数は、現行の多学部より減りますが、
 学部長になりたい、そのために学部の数を増やしたい、教員のわがまま甘えのために、
 学生が、狭く縦割りされた分野しか学べない、学部から細分するシステムは、問題があります。

ーーー
 一方で、教養部を学部に昇格した、
 総合科学研究科や総合科学部については、
 あってもいいとは思いますが、その場合には、ICUのように、学部割り自体を廃止して、大学全体を、1教養学部に統合する必要があります。

 どのみち、学部3年自以降を、法経学科・農工学科・医学科歯学科薬学科と分ければいいだけです。
 大学院も、学科毎の専攻に分ければいいだけです。

ーーー
 教養学部単体と、3学部制度の差異は、
 この位の差異になると、
 主に言葉遊びが変わるだけで、内容は、大きくは変わりません。   

 教養学部単体にする方が、学際指向になる、カリキュラムの横断自由度が広まります。
 それだけ、教員間の競争は増え、カリキュラム制度を作って管理するのも大変になります。
 しかし、学生には、親切なシステムになります。

 一方で、県レベル大学ならともかく、道州大学や、更に大学院になると、専門性も、ある程度は求められてくるとは思います。

 どちらを選ぶかは、文科大臣または各学長が決めればいいと思います。

ーーー
 ただ、総合学部と総合科学研究科、各専門学部と各専門研究科の、「並列」は、認めてはいけません。

 事実上、
 教養部が、名ばかり教養部となり、
 実質は、各専門学部に各専門のエース教員を取られて、教養学部なのに各専門の横幅範囲自体も、ザルで粗くなり、
 挙げ句の果てに、各教員の縦幅の質も、理学教員なら、理学部からはき出された、理学者としては2番手3番手の3流教員が教養学部に回されるので、質も低くなります。

 せっかく中国地方の最高峰の教授陣を集めても、教養部と専門部を、無理に並列して、学部毎に分けることは、教養部自体が、弱体化してしまうのです。

ーーー
 一番損をするのは、
 見た目は、広島大学の教員ストックから広く学べると思い込んで入学したら、専門学部から追い出された3流教員達による、横幅も粗く、縦幅も劣等な、ひどいカリキュラムを押しつけられる、
 名はあっても実のない制度の犠牲になる、学生達です。

 京大なら、それでも、専門学部で超1流や1流教員になれなかった、1.5~2流教員が、総合学部に来るのでしょうが、
 広島大なら、各専門学部のエース教員が1.5~2流なので、それになれなかった3流が、総合学部に来がちになります。

 (横断研究が好きでわざと教養部にいく、例外教員は、少数~最大半数近くまでは、いるとは思うが。
  ただし、総合学部が出来た頃の、若手教員は、中越信和氏などがそうだが、専門学部から追い出された劣等教員が多かっただろう、と、私は実感している。)

 せっかく、学力に応じて、道州大学に入ったら、
 横幅が粗く広いだけで、県レベル大学水準の授業を受けるなら、
 これは、学生は、詐欺に遭っているのと同じです。

ーーー
 私は、ICUとは真逆に、教養学部がない大学、その分、小さな私立大とはいえ、大学が持つ教員能力全体を、各学部の1・2年次の教養科目に振り分けていた大学で学んだので、
 (独立教養学部を持たないほとんどの私立大は、そうやっていますが、)

 国がジャブジャブ金を払ってくれるので、非効率な教員分配・課程分配の贅沢をしている広島大学の、システム欠陥を、見抜けるのです。

ーーー
 国際協力研究科など、更に論外です。

 教養部の延長である総合科学研究科もあって、各専門学部の研究科もあって、
 その並列だけでも、十分無駄遣いなのに、
 更に、欲張って、
 国際の研究科を、単独大学院(学部無し)で作る。

 どれだけ、広島大学は、国民の納税者に、甘えれば、気が済むのですか?
 原爆被害を盾にすれば、どこまでも国民に甘えていいとでも、思っているのですか?

ーーー
 共感教の狂信者、友達きちがい病の重症患者を、
 教員として雇う、または、学生として育成するのは、
 もう止めて下さい。

 緒方貞子の権威は、もう地に墜ちました。
 「ただの」セレブ老婆としての余生は認めてはいいが、
 行政役員としては、はっきり申し上げて、3流以下です。

 学者としては、書いた分析を見ないと評価しようがありません。
 しかし、行政役員として失敗したのを見ると、
 学者能力も、
 後知恵での次世代用の価値はわからないが、
 少なくとも、先見や現状改善の為の、先知恵や中知恵としては、価値を期待できません。

 国連の中間管理職としては、一応合格なのではないでしょうか。

ーーー
 「反帝国主義を盾にした、
  国民の知的能力に見合わない、国家主権を行使した内政不干渉。
  国連総会票における、平等詐欺のつけ上がり。
  それらがもたらす、先進国からの恒常的な、票買収のための援助。
  それらが更にもたらす、無制限の人口増加。」

 これら自体が、途上国の人達の困窮の原因です。

ーーー
 国立大での国際部門の研究教育は、東大と京大だけで、
 はっきり申し上げて、十分です。

 東大教員になれない、京大教員になれない、
 その程度の「おつむ」の教員達は、
 ローカルに、地べたを貼った、細々したことを、細々とやって下さい。

 一時JICAがもてはやした、「草の根」民主主義?「草の根」技術協力?
 草の根だったら、草の根に見合った研究教育をしろよ!
 間違っても、草の根が、モミの木のてっぺんのような研究教育は、するな!!!

 はっきり申し上げて、非常に迷惑で負担です。
 論外です。

ーーー
 私立大には、小さな無名の私立大でも、
 専門分野での序列順位は知らないが、いちおうは合衆国の政治を専門として教えられる日本人教員が、経済系の学部所属でいたりする。
 教養部の授業で、他の学部の学生も、そういう教員に学んだりする。

 日本の高額給与に引かれて、無名大学には釣り合わないほどの、専門分野で立派な実績のある教員も、
 ロシア人や韓国人や中国人の教員だと、長年や一時は在籍していたりする。(後に東工大の教員に出世した教員もいた。)

 ただし、小さな私立大は、たまたまそうやって、世界の各地域の「一部」について教えられる教員を、
 結果的に、偶然や運で「散発的に」配置しているだけであって、
 東大教養部や外大のように、世界の全地域について、網羅的に教員を揃えているわけではない。

 私のいた小さな私立大は、付近の同規模の私立大よりも、
 国際教育では、大学方針で外国語学部を持っていただけ、また、上記のような偶然や運も含めて、散発的に一部の地域の専門教員がいただけ、結果的には、恵まれていた方かもしれない。

ーーー
 それなりの試験成績を出した学生が入る、道州レベルの大学には、
 合衆国の政治を教えられる教員、中国の経済を教えられる教員が、そういう専門分野の教員が、いてはいけないとは、言わない。

 しかし、東大教員、京大教員に到底なれなかったなら、

 地方の小規模私立大の教員と同じように、外国に直の研究調査に行けるわけでもなく、細々と、本を読んで、最低限の分析をして、
 研究者としては、あくまで趣味水準で勉強をして、飯を食っている仕事の価値としては、学生に知識を教授する、人を育てる教員として、
 要するに研究よりも教育で、
 やっていけばいいではないか?

 いずれ、国の中枢や大手民間で、国際部門でばりばり活躍してきた人が、一定の高年から大学に転職してくれば、
 そういう、学者としては3流で、教育者として何とか首にならずにやってきた教員も、入れ替えで首になるかもしれない。
 
 でも、それは、教育の質を高めて、本当の意味で次世代を優良に育成するためには、必要なのだから、仕方ないではないか?

 それが嫌なら、若い内から、大学のような甘ったれた安住の世界に引きこもらず、市場の世界でばりばりに働けよ!
 それが出来ない弱者なら、弱者なりの、応能雇用・応能身分・応能解雇を、受け入れろよ!

 何甘ったれているんだよ!
 やくざか、貴様等、2流3流国立大学の教員は!。 

ーーー
 外務省は、財務や防衛や文科が研究所を作っているなら、
 省として、研究所を作ったらどうですか?

 JICAで緒方氏が作った研究所は、途上国しか扱いません。また、独法制度自体に、国政として内部統制の問題があるので、JICAの研究所は、不要の長物です。
 農水や経産や環境や国交も、研究所に独法制度を使っているので、同様の統制問題があります。

 財務省や防衛省や文科省の研究所、国交の一部の直轄研究所のような、省直轄の政策研究所が必要です。

 そこで、かつて佐藤優氏が提案していたような、省員を、10年事務したら1年研究などの、ルーティンで研究に回す人事を、やればいいと思います。
 (省内の個人関係では、シンパ反シンパいるでしょうが、この部分で、佐藤優氏が提案していた内容は、優良な提案だと思う。)

 必要に応じて、外部の専門家を、業務発注したり、臨時招聘したりも、出来ると思います。
 しかし、恒常的な基本人事は、省員人材・国家公務員人材で、まかなったほうがいい。

ーーー
 各国立大学に、
 しかも東大京大ならともかく、広島大などの道州大学、挙げ句の果てには横浜国立大などの県レベル大学にまで、
 文科省が国際研究の研究費をばらまいて、
 不効率かつリスキー無責任に、研究させるより、

 外務省直轄で研究する方が、よほど安く付くと思います。 
 成果の確実性も、期待できます。

ーーー
 東大京大を除く、各国立大学の教員は、
 外務省の研究所から、公表研究成果をデータでもらって、
 それを元に、国際教育すればいいじゃないですか?

 何が悲しうて、
 国民は、
 広島大学や横浜国立大の教員が、国際研究をするための研究費を、
 納税しなければならないのですか?
 挙げ句の果てに、現地調査?現地滞在研究? 
 ふざけやがって。

ーーー
 文科省の本質は、やはり教育だと思います。
 人材を、教えて育てるのが目的。
 
 だから、教育や教授法に関する研究を、文科省や国立大学がするのは、
 私も理解します。

 しかし、他省庁の各専門に関する事を、国立大が過剰に研究するのは、
 どう考えても、おかしい。
 
 学際を統合するなら統合するで、そのための内閣府の研究所は、別にあってもいいでしょうがね。

ーーー
 大学の自治?
 それなら、授業料で全額費用をまかなえよ。

 授業料だけでは、教員人件費を維持できない? 
 それなら、教員数を減らすか、給料を下げろよ。

 それなら、学費を上げたいが、学費を上げると学生応募者が減る?
 勝手に減ればいいじゃないですか。

ーーー
 学生数が減ると、高等教育を受けた人の数が減る?
 ↑
 私立大の募集に任せたらどうですか。

 国家の中枢や、限られた数の、高技術の大手収益企業ならともかく、
 地方や一般企業で、それほど高学歴の知識が、運営に必要ですかね?
 東大と京大があれば、国や大企業は、十分間に合っていますよ。

ーーー
 そこまで言われたら、
 親世代・祖父母世代のインテリ層として、
 地方の中堅国民の若者にまで、高等教育をどうしても与えてあげたいので、
 地方でも学生数を維持するために、
 涙を呑んで、教員給料を下げて、人数も最低限にするが、
 それだと、教員の質や、教育の質が下がるのでは?

 ↑
 仕方ないんじゃないですか。
 増税しなければいけない、豊かでない国家なのだから。

 国の中枢や大企業で働いてきた立派で優秀な人達が、高年以降に大学に転職しやすい環境を、
 大学は、整えたらどうですか?
 
 体力衰えた年齢の高齢者には、口先と知恵だけで働ける大学教員は、魅力的な職種ですよ。

 もっとも、その分、若い頃から大学に引きこもっていた、浅い知識教育でしか役に立たなかった教員を、中途ではき出さなければなりませんがね。

ーーー
 大学教員既得権益者の、はき出されたその人はどうすればいいかって?

 転職してきた参入者である、はき出した人が、血反吐を吐いて闘ってきた、市場経済の社会に、遅い参入をして、
 ハローワークに通って、大学の便所掃除の仕事でも、探したらどうですか?
 もし仕事が見つからなくても、福祉制度のセーフネットがある優しい社会なので、生きてはいけますので、何も心配要りませんよ。

ーーー
 大学教員が、老人ばかりになるんじゃないか、だって?
 ↑
 別にいいんじゃないですか。
 なぜ、老人ばかりでいけないのですか?

 そもそも、人様に物事を「教える」、なんて、若者がすることですかね。
 保育士なら分かりますよ。体力があった方がいい。若者の仕事。お客の幼児の知能も、たかがしれている。

 高校を出た人間に教える、挙げ句の果てには大学院教員など、大学を出た人間に教えるのだから、
 若者が就業することの方が、異常なんじゃないですか?

 20代30代と40代の前半は、まだ体力を要する仕事をするのが、社会の常識です。
 警察署や自衛隊駐屯地の立ち番・門番を、中年の管理職がしますか?
 体力業界ですら、中年以降の管理職の仕事は、奥で書類やPCをいじることの方が多くなるのです。

 文教業界になると、特に大学以上になると、
 いい年をした若者が、体力を使わない仕事に、早くから引きこもってしまうことの方が、
 異常なのです。
 
 社会の下の方の階層の老人が、生計のために、無理に老体を酷使して、非効率な肉体労働をする社会の方が、異常なのです。

ーーー
 世の中、ホーキング博士のような人もいるが、そういう人は、効率だけを言えば、早くから大学に引きこもってもいいのではないですか?
 ↑
 あなたは、効率についても、物事の一面しか見ていません。
 人間は、ロボットではないのだから、感情があるのです。

 ホーキング博士の様な人は、頭は優秀でも、体は不良品です。
 先天の場合、はっきり申し上げれば、劣等遺伝子です。

 45歳以降ならともかく、若い内は、ホーキング博士のような人は、どうしても肉体労働が出来ないなら、生活保護を受けなければいけません。
 その間は、それにみあった人生も、送らなければいけません。

 他の同世代の人達が、頭を使った労働をする比重が多くなる年齢、少なくとも40代以降になってから、
 そのご立派な知能を生かして、出世して、相応の社会的身分と報酬を得て下さい。

ーーー
 しかし、偏った能力の人のために、社会性を踏まえない、時間を越えた贅沢は、許しては、いけないのです。

 ホーキング博士のような人が、若い内から大学雇用を受けて、大学に引きこもってしまうと、
 まっとうに若い頃肉体労働で社会貢献してきた人が、老人になってからするような、頭を使った、肉体的に緩い、シルバー向け雇用を、奪ってしまいます。

 物理学の原理を応用した、成果を物理学に還元できるような業界など、世の中にたくさんあります。
 そういうなかで、若い頃は体力を使いつつ、頭もいいので会社の知恵袋として働いてきた人が、高年以降に転職して働く雇用枠を、
 ホーキング博士タイプの不良品が、奪ってしまうのです。

ーーー
 結果として、今のように、老人が生きるために、体をこわすリスクが高いにもかかわらず、若者がするような肉体労働をする、
 極めてねじ曲がって根性がゆがんだ社会になってしまうのです。

 だいたい、
 ホーキング博士タイプの、体力が極めて低く、知恵ばかりが高いタイプの人間には、
 極めてねじ曲がって根性がゆがんだ人間が多いのは、
 キリスト教の宗教組織や、つけ上がった福祉公務員・福祉業界を見ても、明らかです。

ーーー
 広島大学の中越氏の、足の不調の原因に、親の原爆被爆があるのかどうかは知りませんが、
 私の博士課程入試で取った、他の先輩後輩の学力と比べての、極めて不公平な判断、
 後輩に関しては言わないが、少なくとも先輩や留学生多数に対しては、異常とも言える甘やかし博士号の不正授与、

 
 政治的に他党派だからと、
 原爆を落とした責任者や、戦争を起こした責任者でない私が、
 八つ当たりされたなら、
 はっきり申し上げて、非常に迷惑で負担です。
 論外です。

ーーー
 でも、若い頃に、頭が良くても体力が低い人が、同世代での、体力を使う雇用をしている他の人達との社会性のために、評価されなくなるなら、
 その人は、結婚して子孫を残せないか、すごく高年齢に成ってよほど頭で成果を出さなければならないのではないですか?
 ↑
 遺伝生態学を勉強して下さいよ。
 不良品の遺伝子を、次世代に残して、どうするのですか?

 そりゃ、生理学は、機械工学と違って、完璧に100%と0%のゼロサムは、出来ないですよ。
 分からないことも多いし、今後も極められないであろう事も多い。

 しかし、確率は、きちんと、ある程度統計を取れば、はっきりしますよ。
 
 不良品が生まれる確率を低くすることは、はっきり申し上げて、人類社会への貢献と言うより、人類としての義務ですよ。

ーーー
 体力知力の、各能力のバランスが取れていなくても、どちらかの能力が極度に偏って高ければ、算数的に相殺されていいじゃないか、だって?
 ↑
 親の悪い部分を受け継いだ子供が、どんな苦痛や苦労を味わうか、考えろよ。
 自分1代のことしか考えていないんじゃないか?
 女の浅知恵。男なら、女程度の責任感と先見性。

 親の能力の一部の良い性質だけが、常に天に選ばれて、子に遺伝するのか?
 そうじゃなくランダムなら、
 悪い性質だけを運悪く受け継いだ子供が、どうねじけるか、考えろよ。

 はっきり申し上げて、
 極端に不良箇所がある個体は、特に先天なら、子孫を作ってはいけないのである。
 ロマノフ朝の血友病のように、子の代には発現せず、孫の代曾孫の代に成って現れる欠陥もあるのだから、
 孫や曾孫のことも、考えろよ!

ーーー
 ロマノフ朝は、
 王権神授説の特権があったから、不良品が子孫を残し、しかも、社会の高位にとどまれた。
 しかし、その不良品遺伝子が、間接的に不良品皇太子の母親を狂わせて、詐欺師の暗躍と政権の劣化を産み、
 革命による政権交代をもたらし、
 極端に特権を維持していた権力への反動として、一族の滅亡につながったのである。

ーーー
 話を戻すが、

 広島大学国際協力研究科は、
 廃止すべきである。

 以上。

 はっきり申し上げて、非常に迷惑で負担です。
 論外です。
 

 冬の寒さと夏の暑さ、帝国主義と反帝国主義、について。

 常夏の沖縄や、雪がほぼ降らない九州四国を除けば、

 関東北陸から中国地方までの、日本の地域は、
 真夏を日本海側で、それ以外の季節を太平洋側で、過ごせば、下手に電力を使わなくても、快適に過ごせるのが、事実なのである。

 九州四国内では、真夏を高原、それ以外の季節を平野で過ごせば、いいだけ。

ーーー
 北海道東北は、
 短い夏と、短い春秋だけ住んで、

 冬は、少なくとも、日本海側と、岩手以北には住まず、

 宮城以南の南東部、更に関東東海に住めば、
 電力や石油は、大して使わないで住む。

 移動に鉄道を使えば、移動のための電力は、暖房に使う電力よりは、少ないと思う。

ーーー
 ソ連では、モスクワ市民には、都会と郊外にそれぞれ家(労働用・休暇用)があったのだから、
 それ程豊かな国でなくても、市民が2つ家を持つこと自体が、極端に贅沢というわけでは、ない。

 でも、日本でなぜそれが現実に話題にすらならないか、これは、固定観念に縛られている部分もあるだろうが、
 現実的にも、狭い土地に人口が多すぎると、そういうことができないのも、事実だ。

ーーー
 更に、土地を空けると、外国が攻め込んできて、植民してくる。

 だから、人口以外にも、外国の存在で、
 上に書いたようには、理想の土地利用・空間利用は、現実的にすぐには、できない。

ーーー
 しかし、全世界で人口統制をすれば、
 または、人口統制をしない国に、その自由を認めても、その分、責任は取らせて、
 国境から人口をはき出させない、「逆ベルリンの壁」を維持できれば、
 
 人類は、より快適で、エネルギー消費も少なくて、より持続可能な生活も、出来るのである。

 渡り鳥ではないが、ウラジオストックやウランバートルで夏を過ごして、春秋を東京やソウルで過ごして、ジャカルタやマカオで冬を過ごせば、
 気候条件で、こんな快適な生活はない。

ーーー
 ウランバートルのマンホール居住子供や、マカオのスモーキーマウンテン住民を、作っている、
 社会悪は一体、何なのか?

 国際のことは、すぐには、どうこうできないし、
 国連教に染まれば、一神教的な単一価値観での、過剰な間違いをするリスクが高い。

ーーー
 ただ、確実に言えることは、

 働き者の高能力の10人が、1,000個のパンを分け合う社会は、
 怠け者の低能力の1,000人が、10個のパンを奪い合う社会より、

 美しく、善良で、真実もふまえた、
 人類の進化に貢献し、平和で豊かな社会だ、ということだ。

ーーー
 ルネッサンスや産業革命の流れの行き着く先であった、帝国主義競争は、
 1945年に合衆国とソ連との決勝戦に突入し、
 その1945年体制も、1991年に合衆国がソ連に勝ったことで、一つの節目を迎えた。

 一方で、反帝国主義の流れも、世界にはあって、
 早い段階では、早く没落した帝国である、イベリア半島のスペインポルトガルに対する、19世紀からのラテンアメリカやカリブ海の植民地の独立から始まって、
 WW1後の中東欧、WW2後のアジアアフリカ、
 こういう所では、反帝国主義の流れが、1945年体制の国連総会と結びついている。

 国内的には、産業革命後の英国での左派労働運動・ フランス革命後のフランス革命型共和国での、政治制度・ ソ連型実験国家での、経済制度・ 北欧の福祉保険社会なども、反帝国主義の内政版である。

ーーー

 帝国主義と反帝国主義については、
 日本は旧帝国であって、それなりの帝国繁栄も得たが故に、
 たしかに、帝国主義の方が、比較的評価されやすい点が、
 戦争を生き残った昔の世代や、帝国時代の支配層中堅層の子孫である男性には、多い。

 一方で、
 先の敗戦の真の被害者だった、選挙権の無かった戦前の女性(これは当然の権利)や、
 そして、帝国時代に過剰に虐げられた政治党派(共産党公明党)(これも、程度を踏まえる限り、正当な権利)、
 更に、
 権利は生年時からすでに得ていたたくせに、権利の無かった母や祖母に共感して、勝手につけ上がった戦後の女性達(敗戦後の貧しさを経験した世代はまだしも、後々になるほど、不当なつけ上がり度は、高い。)、
 戦後の日本民族弱体化・植民地支配目的の米国製左派憲法によって、過剰利権を得た、憲法教狂信者達である、弱者層・障害者層、
 これらが、反帝国主義の主なシンパになっている。

ーーー
 実際には、
 帝国主義も、反帝国主義も、
 どっちもどっちで、光と影の両面を持っている。

 問題なのは、
 反帝国主義の方が、新興であるが故に、
 光100%のようなイメージと虚像を、
 「合衆国との」敗戦で、帝国の繁栄と誇りを打ち砕かれた日本国民に、
 過剰にぶちまけられた点である。

ーーー
 帝国主義の負の側面を無視した、
 単純な自民族至上主義・自国家中心主義・
 宗主国の合衆国覇権への盲目的賛美も、
 問題はあるが、

 少なくとも、戦後の戦前懐古主義者や日本民族の帝国主義シンパは、
 帝国主義の光と影の両面を、

 合衆国に、間接統治とはいえ、支配されることによって、
 挙げ句の果てには、本当の意味では日本に対する戦勝国ではなく、単に合衆国という金魚の「ふん」でしかなかった、英仏蘭や中華民国の民族に、
 偽装勝ち犬による負け犬への、不当な屈辱・侮蔑を味あわされることによって、

 嫌と言うほど、味わったのである。

ーーー
 もちろん、国内で、
 戦前の女性達、共産党公明党の被弾圧者、せいぜい戦後の貧困を経験した女性など、一定の正当性がある彼らを除けば、
  不当に過剰につけ上がっている、
 戦後の女性層・弱者障害者層の、横暴や、過剰平等詐欺や、狂信ストーカー行為によっても、
 不当な屈辱・侮蔑を味わわされることによって。

ーーー
 ちなみに、
 旧植民地だった朝鮮半島の民族に対しては、国家や民族としては、向こうは被害者なのだから、日本民族は多くを言えない部分もある。
 しかし、朝鮮民族の一部の人達に、民族として国家間賠償で飽き足らない満足しない分を、個人的な人間関係に紛れ込ませ、民族の復讐行為として晴らすことが多かったであろう部分が、
 日本の一部の国民に、個人としては正当な被害者としての、反朝鮮民族感情をもたらしていることも、不幸な事実だと思う。

ーーー
 世界の中で、帝国主義競争という物が、
 決勝戦も終わって、合衆国のみになった現在、
 もはや帝国主義は、行き着くところまで行って、
 これ以上、進みようが、あまりない。

ーーー
 ところが、反帝国主義の方は、
 敗戦国である日本では、お盛んで、
 まるで、神のお告げでもあるかのように、
 バラ色の未来であるかのように、
 陰の部分は、目を向けられることも少なく、狂信的にまで、あたかも100%の光として、盲信されている。

ーーー
 これまで、
 外務大臣以下の系統や、文科大臣以下の系統が、
 共感教を狂信し、友達きちがい病に罹患して、
 どれだけ、大量の国税を、無駄に使ってきたか?

 その金を、原発の堤防の強化に使っていれば、
 どれだけの日本人が、家を追われずに、放射性物質を吸い込まずに、済んだか?

 もちろん、人類同士での最低限の福祉保険の範囲で、
 途上国の人達を助けるにせよ、
 きちんと本質を理解して、
 その金を、途上国の人口統制との交換条件として、援助していたなら、
 どれだけ、途上国の人達の生活水準が改善したか?

ーーー
 これまでの、
 反帝国主義の流れの、反帝国主義の陰の側面を見ない、
 日本政府の単純な外交政策・文教政策、
 はっきり申し上げて、非常に迷惑で負担です。
 論外です。

 政府は、緒方貞子氏を、国政公職から、永久追放すべきです。

 個人としての批判ではありません。
 どうぞ、ご身分にふさわしい、優雅で豊かな老後を、世田谷区にしろ軽井沢にせよ、ご友人達と楽しくお過ごし下さい。
 私は、老人に対する人道を踏まえない人間ではありません。

 老婆が、日常生活で道を歩いて買い物をして、通りすがりの誰かに不当に罵声を浴びせられるなら、それは私も、緒方氏を弁護しますよ。
 公職でミスをした人は、公職でのミスに見合った批判を、社会の中で適切な範囲で、それ以上でもそれ以下でもない方法で、受ける権利と義務があります。

ーーー
 政府の方々におかれましては、よろしくお願いいたします。

 一昔前の日本政府や、今でもJICAは、「友達きちがい病」なのだと思う。

 一昔前の日本政府や、今でもJICAは、「友達きちがい病」なのだと思う。

 利害や相性があってお互いに得をするから、自然に友達になるのではなくて、
 「友達を多く作る。友達の程度を親友まで深くする。」それが、目的と化す。

 バカでも弱っぽちでも「数は力」、などと言う政治家がいるから、一人一票選挙制度にも、その弊害があるから、
 そういう動きが、助長されてしまう。

ーーー
 個人間で、単に、「友達の数を増やしたり、やたら親交を深くすること」が目的と化した人がいれば、
 普通、もともとから親友や友人になる縁や利害相性の相手を除けば、

 その他の相手には、
 ある程度の相性利害を超えて関わりすぎてしまうと、友情が欲しい足下を見られてたかられるか、本当に毛嫌いされてかえって相手から攻撃されるのが、
 オチである。

ーーー
 国家間も、
 結果的に、小渕恵三のような、凡人で済まない愚人や、緒方貞子のような、「ただの」共感教詐欺師が、
 国民が稼いだ金を、ざらざらざらざら、途上国に、無駄に流してしまう。

 不当な平等詐欺である国連総会票を盾にして、狂信宗教にせよピテカントロプス知能にせよ、自身らが人口統制を出来ないのが貧困の本質であるにも関わらず、先進国に構造的に援助をたかる、
 途上国の詐欺なのである。

 いくらラオスが土地も資源も貧しくても、人口1,000人しかいないなら、豊かな生活水準になるに決まっている。
 天然資源に恵まれないなら、なぜ人口を増やしたのか?よく反省するのが先だ。

 旧帝国も、結局、軍事的に外国に勝てるから、人口を外国に植民できるから、なんとか富と消費のバランスをやりくりできていただけで、
 人口を増やしすぎると個々人の生活が貧しくなるのは、今の日本を見ても、明らかだ。

ーーー
 合衆国以外は、
 人口統制政策をしないと、
 どんなに戦争をしても高い確率で生き残れる、各国の優秀右派を除けば、
 中道や左派は、戦争の中を運良く生き残るしか、いずれ生き残る手段が無くなる。

 しかし、そういう自身の利害に大きく関わる中道が、なぜ人口統制の重要性を、良く理解しないのか?

 挙げ句の果てには左派など、一番人口増で被害を受ける弱者自体が、
 皮肉なことに、狂信やピテカントロプス知能のために、人口統制をする必要性自体を、理解できる知的水準に無いし、
 もし理屈で理解できても、実際の現場では、知性がなく本能「だけ」で生きているので、わめき狂って感情的に、パイプカットや中絶や劣等赤子の安楽死に、抵抗をするに決まっている。

 これらのことを、今の大臣はどれだけ理解しているか知らないが、少なくとも、これまでの少子化担当大臣は、全く理解していなかった。

ーーー
 はっきり申し上げれば、
 日本国に対し、対価交換するだけの資源や文化の利益をばらまけない、クソの役にも立たない途上国との友情など、
 何の価値もない。

 JICAは、そういう物を、大金をたかられながら買おうとする、きちがい集団である。

ーーー
 個人間では、
 市場競争に負けて、生活保護を受けるしか生きる方法がない、よほどひどい企業しか雇ってくれない、そういう弱者は、子孫を残せない人が多いが、

 それでも、制度で規制していないから、
 若いときに後先考えず子孫を作ってしまったり、格下の国の外国人と結婚して子供を作ったり、バカな福祉公務員が取り持って下等生物同士で繁殖してしまったり、
 そういう事例は、結構ある。

 そして、弱者達は、そのことによって、国内に劣等遺伝子や劣等個体の次世代をばらまき、国力を弱体化させ、挙げ句の果てに、将来の自身達の貧困の種を、自ら、蒔いている。

 福祉制度があるので、彼らの子孫だけが自業自得で苦しむのではなく、中道や右派にまで、迷惑や負担を掛けるようになる。

ーーー
 地理的民族集団の、国家間も同じ。

 銃剣を入手してゲリラ戦をすれば、今のソマリアにどの国も関わらないように、
 ピテカントロプスに近くて文明国家を作れない劣等民族とて、よそからの異民族の侵略を、排除できる。

 帝国同士の戦争で、負けた帝国が勝った帝国への腹いせに、撤退する植民地住民に、銃剣を与え、基本的な近代知識を教えたから、 
 WWⅡ後に、植民地帝国を復活させようとしたフランスもオランダも、植民地から排除されて、帝国の地位から没落することになった。

 しかし、そういう途上国は、よそからの侵略を防ぐことは出来るようになっても、文明国家は運営できない。
 それだけの知的能力が国民に備わっていない。

 しかも、フランスや合衆国が指示する民主主義をすれば、
 少数の旧植民地総督府への協力勢力(土着貴族が多い)を除けば、そもそも多数派の能力がピテカントロプスもどきだから、
 かえって、民主主義の元に、
 ピテカントロプスの、ピテカントロプスによる、ピテカントロプスのための政治を、行うようになる。
 結果が、ハイチやソマリアのような、掃きだめ社会である。

ーーー
 世界的に見ても、一番人口を増やしてはいけない、
 劣等な遺伝子の民族が、
 帝国が去って、法的に、武力権力的に、何も規制が無くなったために、
 かえって、世界一、人口を増やしまくっている。

 結果として、その国の中が大貧困になり、
 挙げ句の果てには、先進国に、人口をはき出してくる。

ーーー
 個人間では、生活保護受給者や弱者や障害者に、子孫を残させてはいけないのと同じように、
 国家間では、途上国にも、子孫の数は、限定させる必要があるのである。

 国家主権を盾に、狂信やピテカントロプス脳にもとずいて、人口統制をしないで、人口を増やすなら、勝手にどんどん貧困に陥ればいい。
 なぜ、緒方のような愚劣極まりないバカは、それを助けたのか?

 共感教詐欺師なので、そのあたりが原因になっているのだろう。

ーーー
 先進国自身も、合衆国を除けば、外国から収奪できないのだから、人口統制は、する必要がある。

 今は、せいぜい旧帝国時代の蓄積を利用した技術格差による、途上国との有利貿易でしのいでいるが、
 これすら、緒方やJICAのような、バカやバカ組織が、技術をただでくれてしまって、外国に追いつかれつつある。

 カトリックの緒方が大嫌いな中絶を、
 日本国民が、劣等だけでなく、中堅や右派まで、子供の数によっては中絶しなければならない、貧しい社会を、
 緒方自身が、もたらしたのである。

ーーー
 しかし、先進国自体が、人口統制をして、国内を貧しくしないよう自らを律した上で、
 きっぱりはっきり、
 日本に利益をもたらさない外国との縁は、絶縁する必要がある。

 援助しないどころか、国交断絶してもいいのではないか? 

 なぜ国交を結ばなければならないのか?そこから考え直した方が、いいのではないか?

 国連だって、総会の平等票を直して、国力に比例した票数にしない限り、脱退してもいいと思う。
 なぜいけない?

ーーー
 人口統制を条件に、途上国国民の最低限の生活水準は、先進国が途上国に協力する、そういうオファーは出してもいいと思うが、
 
 途上国が、狂信やピテカントロプス脳で、それをはねつけるなら、
 もう勝手に、途上国には、ハイチやソマリアになるまで、勝手にやらせればいいじゃないか?

 困窮してても見捨て、万一、国境を越えてきたら、ベルリンの壁と真逆だが、容赦なく射殺すればいいじゃないか?

ーーー
 個人間も同じで、
 友達になって得にならない人物が、いちいち近づいてきたら、
 昔は、ぶんなぐったり罵って追い払うことが多かった。

 しかし、傷害罪・名誉毀損罪の人権法が出来てからは、
 その規制を悪用して、友達になる縁でないのに近づいてくる奴らが、
 なぐられないから、罵声を浴びないから、と、右派は詐欺・左派は狂信つきまとい、これらをするようになった。
 結局、詐欺罪やストーカー罪が、作られるようになった。

 周りの全ての人と友達になる人なんて、世の中にいない。
 最低限の関わり合いとして、払った税金が、一番の弱者の生活保護に、公共機関を通して払われる、これ以外にない。

ーーー
 個人としては、分かりやすい話なのに、国家間になると、
 
 日本は、まるで世界の全ての民族国家と、「お友達」になろうと、している。
 
 結果、たかられたり、かえって嫌われている。
 
 役に立たない外国とは、得にならない外国とは、縁を切る覚悟が、国家としても、必要である。

ーーー
 途上国が人口統制をすることを条件に、国連を通して、個々人への最低限の生活福祉として、一定の経済支援はしてもいいだろうが、

 その仲介役となる国連自体が、日本の政治や福祉行政以上に、
 総会票にせよ一部の条約にせよ、少なくとも日本選出の国連職員にせよ、腐敗して狂っているのだから、話にならない。

ーーーーー

 追記; 

 緒方貞子氏に関する批判は、主にJICA理事長としての結果に対してである。

 UNHCRの時の緒方氏については、私は特に批判をしているわけではない。
 
 

 みんなの党にも、腐敗があると思います。

1,
 視覚障害者に、国政選挙での公認を与えたこと。(静岡7区)
 しかも、前回の参議院選と合わせ、2回目。

2,
 山内康一氏を、選挙区で立候補させず。
 渡辺喜美さんへの支持票が入る北関東地区での、1位(1人のみ)は、初めから当確。

 もし、頭は良くても人望がない人なら、渡辺さんや他の議員の政策秘書・公設私設秘書や、党職員をやるべき。

« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »