2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 重度障害者に対する、左派政策の、改善について (3) 。憲法改正、法律論も含めて。 | トップページ |  3権分立の破綻した現状について。選挙制度を、3カースト制度にして欲しい件について。 »

 獣医師と動物愛護運動の、相関について。

 私個人は、動物相手には、愛護の需要は、虐待の需要と同じくらいに評価していることは、初めに記しておく。

ーーー
 しかし、なんでこんなに動物愛護狂信者たちがつけ上げる社会になってしまったのか?

 政治の左派社会に便乗して、女や動物大好き派の弱者層が、わがままし放題をしたこともあるだろうが、
 優秀層や一般男性層にも、問題があると思う。

ーーー
 優秀層の中で、代表的なのが、獣医師の世界である。

 農学部系統でもっとも優秀な人達が、獣医学部に進学し、資格を取る。
 医学部や歯学部には及ばないものの、有名大学や人気大学には、それら人間相手の医師に近い偏差値を持つ、入学難易度の高い獣医学部もある。

 薬害エイズ事件などで医療に関する法律が厳しくなり、政治の左派社会もあって、
 医師に対し、たとえ凡庸や劣等の患者相手でさえ、大きな責任が求められる社会になるほど、
 扱う対象が動物という、気楽な獣医師資格には、
 優秀だが責任を取りたくない人達、いわゆる優秀層の女や、優秀層の、女っぽい男が、嗜好するようになる。

ーーー
 ところが、この獣医師という資格と育成組織は、時代の変化に本当に対応しているのか?と思われる点がある。
 家畜産業動物のための獣医が、もともとの起源だが、先進国になるほど、産業は集約化され、各資本も大規模になる。

 昔の先進国、今の途上国のように、小資本の個人経営の農民農家がたくさんいて、
 彼ら各農家が持つ資産である、唯一の1頭の牛、資産2頭のうちの1頭の馬が、病気になった場合、買い換えるよりも、医師に修理して貰う方が安くつく。
 また、牛や馬は、買い換えると言っても、金銭問題だけでなく、新規個体が適齢期に育つのに時間がかかり、昔の交通では、移動輸送にも手間が掛かる。

 これらの要素こそ、そもそも社会に獣医師が必要とされるようになった、需要の基本である。

ーーー
 逆に言えば、産業が集約化され、経営体が、大資本の少数の法人や組合になるほど、
 また、対象動物が、豚や鶏のように小型な種で、再生産も短期間、移動も簡単であるほど、
 病気が重症で治療に高額費用と時間が掛かるほど、

 故障品は土に埋めて「買い換える」ほうが、獣医師に金を払うよりも、安く付くようになる。

ーーー
 そうなると、
 獣医技術の中で、必要なのは、
 各個体の治療よりも、鳥インフルエンザや伝染病の予防や拡散防止などの、公衆衛生の維持の方になる。
 この場合も、大企業や大農場に、公衆衛生を修めた獣医専門家が1~数人いれば十分なので、
 獣医師の雇用数は、多くは必要なくなる。

ーーー
 更に、
 昔は、馬は、交通のタクシー代わりだったが、列車や自動車が普及するにつれ、
 家畜の用途は、交通での使役目的は無くなり、ほとんど食用のみになってしまった。

 牛も、昔はトラクター代わりだったが、これも、機械に取って代わられる。

 当然、社会で必要とされる大型家畜の数自体が、減少する。
 修理の依頼も、当然、減ることになる。

ーーー
 つまり、産業動物の世界でさえ、粗放の多数農家が経営をしている、途上国を除けば、
 獣医師の需要は、全体数としては、産業の高度化・効率化に伴い、減ってしまうのである。

ーーー
 先進国では、産業動物の医療需要が減り、
 途上国では、先進国の発展の後を追いかける現状で、
 雇用の数が安定しているのは、大学や試験場などの研究機関での、獣医学研究職になる。
 しかしここは、市場経済と違って、雇用数が大幅に減りこそしないものの、税金で食べさせて貰う公職のため、雇用の数は限られている。

 しかも、
 これまで私が外務省・文科省関連で言ってきたことと同じで、
 バブル時代までに、公職の雇用を、ポストおねだり公金たかり根性で、いい年をした教授クラスから下っ端PDまでが、過剰に増やしてきたつけで、
 今は、国力の富に応じて、こういった公職数を、むしろ減らさなければならない状況になっている。

ーーー
 そこで、
 産業動物を扱う大資本に雇って貰えた、少数の公衆衛生の専門獣医師(A)。
 同じく、産業動物を扱う大資本に雇って貰えた、牛馬など大型動物の軽傷治療を対象とした、少数の臨床獣医師(B)。
 (中規模資本なら、AとBの業務を、獣医師1人で2役をしたりもする。)

 大学や試験場で雇用を得た、インテリ学者獣医師。

 彼らを除いた獣医師は、
 専門で飯を食おうとしたら、
 いわゆる、ペットの治療に、頼る他はない。

ーーー
 もし、
 明治初期からの東大や名門大学の獣医学部の入学定員数、
 戦後の一定時期までに確立した、私立をふくめた獣医学部の入学定員数が、
 ここ30年以上、横ばいで大して変わっていないなら、
 当然、畜産業者や公職での職が無くて、ペット治療を飯の種に頼る獣医師が、巷にあふれることになる。

 ここの部分は、もし、産業構造の変化に伴う専門雇用枠の減少に、育成機関の大学が、対応してこなかったなら、
 各大学、および文科大臣と農水大臣の責任は、重大である。

ーーー
 ペットは、食べるわけではないから、重要度では、家畜の二の次になる。
 人はパンを食べるのみが価値ではないが、パンを食べてからこそ、シェークスピアを楽しめるのである。

 その、二の次の楽しみの分野に、いくら修理をしますと言っても、
 これは、音楽や芸術やスポーツと同じように、
 社会の余剰の上に立った物だから、
 常に、社会に余裕という物を必要とする。

 自然な余裕がない社会なら、革命リスクが起こるほどの無理をしてまで、民衆から重く搾り取って、特権貴族階級を作らなければならなくなる。

 その余剰的な分野で、
 音楽や芸術やスポーツなどのライバルもある、趣味が多様化した人々を対象に、
 余裕のある人達が飼うペット動物を相手に、商売しようというのだから、
 これは、当然、

 「本来なら、」
 音楽家や芸術家やプロスポーツ業界が苦労するような、
 必死の営業努力、成績努力が、必要になる。

 当然、勝ち組負け組が出てきて、
 負けた人は、売れない音楽家や画家、トライアウト落ちの元プロ野球選手のように、普通の会社で普通に働く人生を選ばなければ成らない人も、でてくる、
 「はず」なのである。

ーーー
 しかし、ここはさすがに、
 獣医師の世界、 
 すなわち、
 あと一歩二歩及べば医学部歯学部に入れたほどの、高知能の人達が行く世界、
 農学部系統の最優秀人材が行く世界である。

 音楽家や芸術家やプロスポーツ選手の負け組人材がたどるような、
 素直な常識的な生き方は、しない。

 何しろ、地獄の大学受験をする高校生、早ければ小学生や中学生の頃から、受験勉強のために、少年少女期・思春期の日常的な楽しみを、全て犠牲にしてきた人達である。
 そのうえ、学業では、結果も出して、6年間勉強して、最後の国家資格も取っている。

 これだけ、身を粉にして学業に尽くしてきて、結果も出してきて、
 今更、
 学校に適当に通って、高校でカノジョカレシとバイク乗り回して青春して、10代で異性に子供を産ませたり女なら産んで、地元友達と楽しくやりながら、産ませた産んだ子供を食わせるために、仕方なく下請け会社の仕事をしている人達と、

 同じ仕事をしろとは、
 許さんぞ。

 獣医師の人達からすれば、こうなる。

ーーー
 純粋な市場競争の果てに、
 ペット治療で雇って貰える、食わせて貰える、
 獣医師の数は、限られている。

 ペット獣医師の世界での、神の手を持つ優秀獣外科医や、立派な獣内科医は、
 もちろん、
 愛犬愛猫のためなら、いくらでも金を払う少数富裕層を顧客に、
 普通の市場競争で、十分な生計を維持できるほど、勝ち残れる。

 しかし、彼ら優秀ペット獣医師以外の、普通や普通以下のペット獣医師は、
 中道や劣等の民衆達を、顧客にしなければならない。

 中道の客は、
 金に糸目を付ける人達であり、軽い負担ならペットへの愛情のために払うが、負担が多ければ、愛情は金に敗れて、「本来なら」土に埋めてしまって、買い換える。

 劣等の客に至っては、
 負担すること自体が、ほとんど出来ない。

ーーー
 そこで、
 家畜産業の雇用に不採用になり、
 公職に不採用になり、
 さらに、ペット相手の市場だと、「本来」「元来」の純粋市場競争をすれば、まず雇用にあぶれる、
 「獣医師の世界の中での、凡庸や劣等な獣医師達」は、
 どうするか?

 さすが、大学で6年も学び、農学部系統の最高峰の頭脳の人達である。
 彼らにとって、国立大で、相手の学力の方が格下で、センター試験や教養科目の試験前に、ノートを貸したり勉強を手伝ってあげたような同級生下級生には、
 後に国の農水省や環境省で行政官僚になる人達もいる。

 おい、○○君、××ちゃん、
 今こそ、ノートの借り、勉強の借りを返せよ!返してちょうだい!

 その結果が、「神のお告げの動物アイゴ法」である。

ーーー
 この、ありがたく、神聖で、神と仏とキリストの慈愛に満ちた法律の前で、
 歓喜感激、涙あふれる、感動の中で、
 全ての動物虐待は禁止されるとの、
 神のお告げが下ったのである。

 つまり、 
 所詮、食べるわけでもなく、
 音楽や芸術やスポーツと同じ、余剰の楽しみでしかない、
 「趣味の世界」のペット動物を、
 「買い換える」という、
 もっとも合理的に、低価格で、長く、人々が楽しみを維持する方法を、
 その権利を、
 法律に縛られる民衆から、奪ってしまうのだ!

 断っておくが、
 人間を買い換えるわけではない、
 小規模零細農家の人が、泣く泣く生計の糧の馬や牛を買い換えるわけでもない、
 ただの、「下等生物」の犬猫や小動物を、
 買い換えたいと、土に埋める人間は、
 殺人鬼や暴力野郎や泥棒や詐欺女と同じ、
 「犯罪者」にされてしまうのだ!

ーーー
 しかし、その本質は、
 単に、
 獣医師という資格が、
 社会の必要以上の数で生産されるがために、
 雇用にあぶれる資格者が、
 それでも資格利権ビジネスをし続けたい、
 それだけの可能性が、高い。

ーーー
 人それぞれの価値観の好き嫌い、
 そんなこと言い出したら、はっきり申し上げて、きりがない。

 熱狂的な阪神ファン中日ファンにとっては、
 巨人軍の法被を来た人は、全て憎しみの対象になる。

 しかし、世の中に、巨人軍の法被を着るな、という法律は無いのである。
 兵庫県の条例・愛知県の条例だって、そうはならない。

 巨人軍の法被を着る人とは、友達にならない、
 非上場会社の社長なら、巨人軍の法被を着る人を、自社の社員に採用しない、昇進させない、リストラ一番候補にする、
 それらの、私的な、民間の世界での理由は、許容されるが。

ーーー
 ところが、動物アイゴ法は、
 ありがたい動物アイゴの神で子で精霊のお告げであるだけに、
 日本に、
 動物をアイゴする人は、いて良くても、
 動物を虐待する人は、存在してはいけない、と言うのである。

 動物を虐待する人は、
 人殺しや泥棒と、
 「同じ」。

 巨人軍の法被を着る巨人ファンは、
 甲子園の巨人側観客席から、阪神ピッチャーの目にレーザー光線を当てる悪質詐欺師や、勢いで名古屋ドームの警備員を殴る巨人私設応援団の暴力客と、
 「同じ」。 

 そういうことらしい。

 ナポレオンの辞書には「不可能」という文字は無いが、
 獣医学部の教科書には、「程度」という文字が無いらしい。

ーーー
 私個人は、獣医師職種に、何かやっかみがあるわけでもない。

 優秀な人達が、せっかく6年間も、臨床も含めて、高度な医療を学ぶのだから、
 獣医師が、追加で一定の研修や講座を受ければ、
 保健師や、
 医師と保健師の間の準医師(軽い疾病程度なら、人間相手でも治療しても良い。)
 こういう、資格を取れるようにしたらどうですか?

 獣医師は、
 ロビーの方向を、
 アイゴ宗教で、無理な規制で無駄な仕事を作って、職種内凡庸劣等者の救済のために、民衆を支配締め付け収奪するよりも、
 厚労省と折衝して、自分たちが、その高度な技術を、人間相手の治療の社会貢献に生かせて、
 それで能力に見合った高所得を得られるように、
 替えた方がいいのではないですか?

ーーー

 雇用枠と有資格者数のバランスが悪いなら、
 出身学部と戦ってでも、獣医学部の定員を減らさせた方がいいのではないですか?

 後々に高い確率で食いっぱぐれる、または、食いっぱぐれないために反社会的な規制や権限行使をしなければならない、
 そんな資格なら、後々の世代が、資格者も顧客も、一番の被害者になると思います。

ーーー

« 重度障害者に対する、左派政策の、改善について (3) 。憲法改正、法律論も含めて。 | トップページ |  3権分立の破綻した現状について。選挙制度を、3カースト制度にして欲しい件について。 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 重度障害者に対する、左派政策の、改善について (3) 。憲法改正、法律論も含めて。 | トップページ |  3権分立の破綻した現状について。選挙制度を、3カースト制度にして欲しい件について。 »