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2013年7月

 民主党のマニフェストを見ると、比例の民主党や、大半の民主党選挙区立候補者への投票は、やはり支持できない。

 
 よほど個人として、能力が高く魅力的な、若干数の選挙区立候補者を除いて。

 (岩手の吉田はるみさんなどは、個人能力は評価できるが、こういう選挙区は、対立候補も人物がそろっているので、民主党のタマが突出しているとは、いえない状況。)

 民主党は、2013年マニフェストは、2本立て(理念+手段)に、作り変える必要があった。
 それなのに、やらなかった。

ーーー
 民主党の公約(7ページ目)
 
http://www.dpj.or.jp/global/downloads/manifesto2013.pdf
 
 民主党の政策集 (障害者政策の項目)
 
http://www.dpj.or.jp/compilation/policies2013/50052

 どちらにも、「障害者権利条約への早期の批准」が書いてあります。

 民主党は、2009年マニフェストの結末を、全く反省していないと思います。

ーーー
 障害者権利条約について、
 理屈を言えば、国際条約はいつでも脱退できますが、
 その際には、必ず、国際関係に巻き込まれます。
 ある条約からの脱退は、別件での、外国の利害関係がらみの別行動の口実にされたりもします。

 この条約について、
 国民全体の、少なくとも過半数の支持、
 もっとも、数だけではなくて、個々人の能力係数を掛け合わせた上でも、国民総能力の過半数、
 この納得と、十分な理解の後の同意を得ているとは、とても思えません。

ーーー
 国政は間接民主制ですが、
 この条約は、
 簡単な形式的な文章の国際約束や、
 長さや重さの単位の統一などの、超普遍な、文句の付けようの無い内容、
 ではありません。

 障害者や家族や福祉公務員や福祉業者だけに意見を求めれば、自身たちの権限と収入の増加につながることには、賛成をするに決まっています。
 
 しかし、誰かに何かの新しい権限を与えれば、別の誰かの既存の権限を迫害することにつながりやすいのが、社会です。
 大きなテーマの条約ほど、慎重さと熟慮が求められます。
 まして、二国間ではなく、国連条約です。

 繰り返しますが、この条約に関して、
 政府や各政党が、障害者関係者以外の、国民一般の意見を広く聞いて、理解を得ているとは、とても思えません。

ーーー
 差別は、現実として存在するものであり、
 存在するものを、無い、とか、無理をしてまで無くそう、というのは、
 「きちがい」や「やくざ」のすることです。

 別の記事に書きましたが、
 私は子供のころから足が遅かったので、小学生の時から、足が速くて女子にもてる同級生を見てきました。
 大学院生の頃は、私には目もくれず、立派な造園会社の幹部である社会人先輩にセックス営業をする、同級生女性を見てきました。

 先祖代々からの努力・権力闘争・社会貢献の結果である、血統遺伝子。
 その遺伝子と、母親の出産行為が作り上げる、個体としての、潜在的な体力(女は容姿)と知力。
 その潜在能力を元に、本人の歩んできた人生と、同じ時代の他人や社会環境。
 全ての結果としての、本人の社会的権力と金。
 これにより、差別があって、当たり前なのです。

 当たり前の格差は、受け入れるしかないもの、なのです。

 私がここ数年、様々な嫌がらせを受けながら戦ってきた、
 緒方貞子を教祖とする、ODA社会の「共感教への狂信」「過剰な平等思想のテロリズム」「友達きちがい病の重症疾患」。
 これと同じものを、国連が主導する障害者政策には、感じます。

ーーー
 民主党の桜井政調会長さんは、
 マニフェストに関する国会答弁で、
 ご自身の医師としてのご経験を元に、
 「治療や手術の計画を立てても、治療中や手術中に、計画自体が現実にそぐわないことに気づくときがある。そういう時は、計画を変えるのも、患者のために、やむをえないことがある。」
 こう述べていらっしゃいました。
 小泉新次郎氏に、2009年マニフェスト違反を責められた時の、返答です。

 実際に、医療界でそういう事例があったと仮定して、
 その事で、医者と患者の関係や、医療をめぐる社会全体が、丸く収まるのは、
 根本的な目的として、
 「医師は、病気を治療し、患者(客)の健康のためになることをする。」という「本質の目的」自体への、
 医師の誠実と、それに対する患者からの信頼が、あるからです。
 だから、「根本の目的」のために、「軽い手段くらいは、臨機応変でよい」、となるのです。

 その根本目的「病気を治して健康にする。」自体への、医師の誠意と患者からの信用すら無くなれば、
 「あの医者の先生を、私の担当から変えてくれ。」とか、「別の病院に多数の客足が逃げる。」とか、最後は医療訴訟、そういう結果になります。

ーーー
 私は、障害者に関する、社会の中で妥当な、本質的な根本の待遇を考えれば、
 手段方法としては、以下のことのほうが、大切だと思います。

 まず、幼児期までの早期に分かる先天的なものは、中絶や安楽死で、存在数自体を間引いて減らして、社会負担を減らす。
 (母親が早い年齢なら、何度でも産み直せる。)

 一方で、河合純一さんのように、先天でも、ある程度の年齢以降、物心付いてから障害が発生する人には、確かに気の毒なので、死んでくれ、とは、周りも言えない。
 ましてや、労災とか事件事故の被害者として、後天の障害者になる人に対しては、到底言えない。

 しかし、すでに、そういう人たちが十分「生きていける」社会になっているのは、事実。

 福祉制度に関して、細かいテクニックの上手下手については、今後の改良の余地はありうるが、
 これ以上、障害者へのサービスや権利を不要に増やすことは、ほかの国民に対して、「はっきり申し上げて、非常に迷惑で負担、論外」でもある。
 すでに、逆差別が著しく、障害者の教員お目こぼし採用は、教員採用試験にあと一点や面接であと一人、及ばなくて涙を飲んだ人を、どれだけ侮辱しているのか?と言いたい。

 児童に対し、障害者への理解をうながすための教育カリキュラムなら、講演や社会科見学など、別の手段がある。
 健常者と障害者の間に、ピテカントロプスとしての普遍本能以外への、共感は無理。
 原始人に戻れば皆が共感できる、といった、ポルポトと同じ事をしてどうするのだ?
 共感とは、社会の目的ではなく、原始普遍本能を除けば、一部の友達同士で私的にすること。

ーーー
 憲法27条の勤労の権利義務を盾に、障害者お目こぼし不正雇用を弁護する奴らも出始めたが、
 それなら、27条自体の適切性、および各論としての法律の適切性も、本質から見直していく必要がある。

 人間各自が社会貢献の労働をし合って、結果的に、社会貢献の大きな作業結果が出るのは事実だが、
 効率的効果的な、労働プロセスと労働結果を求めれば、
 能力の低い人には、それにみあった低負荷で低価値の労働という、適材適所がある。

 あまりに障害程度がひどくて、誰か福祉公務員や業者の監督や指導が必要なら、その監督者分の人件費が経済的に無駄、という「冷徹な現実」もある。

 まちがっても障害者に対し、正規公務員勤務や、大企業での勤務は、ありえないのが、本筋。
 それをありえるようにしているのが、邪悪極まりない、障害者雇用促進法による、一定以上の企業への、障害者を何%雇用しろという、強要脅迫行為。

 大企業が、不良品の労働力を、賃金体系を「若干」低めの別枠にしているとしても、5人雇えるなら、
 その同じ金で、
 入社試験であと1点、面接であと1人、及ばず涙を飲んで、中小企業に採用され、元請けの大企業に営業して、頭を下げつつ働いている、健常者3人を、
 その大企業は、雇ってあげられるのだ!!!

 これは、国家による企業へのストーカー犯罪以外の、何者なのか?
 
 公務員にいたっては、給料体系や共済体系自体が、障害者採用と健常者採用が同じ枠だというのだから、呆れても物も言えない。

ーーー
 狂った元教員が、
 互いに得をするような良縁ではない女性相手に、おそらく共感や平等や友情を過剰に求めて、
 逗子の女性の家を探偵で調べて、そこに行って、女を殺して自殺することが、「愚劣極まりない邪悪」であることは、社会認知される。

 しかし、
 障害者を、共感だとか平等だとか友達だとか言って甘やかして、
 本来の雇用競争なら、大企業にぎりぎり入れるだけの能力がある人が、
 腐敗した国政のために、大企業にぎりぎりで雇用されず、
 不良品の欠陥人間が、代わりに大企業の名刺と給与明細と福利厚生を得る、
 こっちの「愚劣極まりない邪悪」は、なぜ社会認知されないのか?

 結局、
 一人一票の平等思想で選ばれる議員、
 一議員一票の平等思想で採決される法律、
 国の立法権自体が、狂信左派社会だから、ではないのか?

ーーー
 障害者への待遇として、本当に必要なのは、
 すでに最低限の人権は、法律や社会の福祉保険で保証されている以上、
  (上記すら、新世代の先天障害者に対しては、過剰すぎるが。)
 雇用や権利で甘やかすことでは、無い。

 すでに別の法律で立法化されているが、障害者への過剰な虐待の禁止。 

 弱者に対し、動物とのふれあい愛護の場を、公共が一定は確保してあげることや、

 逆に、
 障害者や雇用弱者以上に、アイゴ法で一律に優遇されて、いい身分になっている動物たちに関して、 
 個人飼い主が常識的な数で飼っているペット個体の保護、および、自然環境に必要な数の野生生物の保護は、飼い主や生態系のために保護した上で、
 それ以外の動物が、きちんと障害者や雇用弱者より下の身分になる様、
 人間様の動物に対する虐待権利を公式に認めること、

 こっちのほうだろう。 

 先天障害者には、一代限りの人生を義務づけることも、劣等遺伝子を次世代にばら撒かないためには、絶対に必要。(その分、常識的な範囲のペットの飼育代くらいは、他の健常者が、社会保険で出してやってもよい。)

ーーー
 ヒトラーとナチスへの全権委任法に基づく政権は、
 国軍や警察のクーデター、、民衆による暴力下克上革命、外国軍による占領、ヒトラー自身の自制した決断、
 この4つの手段を除いて、
 ドイツ国民から、ヒトラーナチス政権を下野させる手段を、奪ってしまった。

 一方で、フランス革命ご自慢の、一人一票平等思想の左派政体は、
 首相個人や政権政党自体は、選挙の勝ち負けでコロコロ変わっても、
 システムの欠陥自体は、本当に「あの」議員集団たちの良心と善意と知恵で、変えることができるのか、
 私には、だんだん、疑問に感じてきているのである。

ーーー
 増税政策と、野田前首相の財政への誠意自体は、
 私は、昨年末、評価して支持した。

 だけれども、
 解散して新しいマニフェストで増税法案を可決、
 または、少なくとも、ごっそり大半が民主党から離党して、別の党名で増税法案を可決、(ただし、政党人としては、信を失って、次は無いので、よほど個人として高能力の人か、引退前の議員向け。)、
 という手段を取らなかったのだから、
 もう誰も民主党のマニフェスト内容を信じなくなってしまったのも、事実。

 2013年マニフェストも、いろいろ公約が書いてあるけれど、
 「あの政党の言うことは、将来やるともやらないとも、わからない。」そんな政党として評価されるのは、当然の結末。

ーーー
 すくなくとも、桜井政調会長さんの答弁どおりなら、
 「患者さんの病気を治そうと努力します。健康を願っています。」
 こういうことしか、約束できないはずだ。
 
 「そのために、今のところ、これこれこんな治療や、手術があります。ただし、こちらは、臨機応変に、変えることもあります。」
 これが、桜井さんの答弁での、治療方針・手術内容になる。

ーーー
 マニフェストは、2段立てにして、
 1本目は、「理念・目的」
 2本目は、「今のところ提案できる、そのための手段」

 こうするしか、無かったのではなかったのか?

 1本目は、絶対に次の選挙までは変えない。
 2本目は、臨機応変に変えることもあるが、その際には、1本目の目的との絡みや必要性を、十分支持者に説明することを、約束する。

 これが、鳩山さん小沢さん(彼らだけではないかもしれないが)の失敗を繰り返さない、
 そういうことだろう?

 具体的な方針内容を約束に書いてしまったら、政権党になったら、「やる。or 公約ミスを認めて解散。」しか、信用を維持する手段がなくなるのは、事実。

ーーー
 桜井さんのような、十分頭のよく経験もある人が政調会長にいるのに、
 なぜ、まともなマニフェストを作れなかったのか?
 他人の横槍が入ったとしたら、どこからなのか?

 なぜ、また、後でやるやらないのトラブルになりそうな、
 各論の方法や手段を、安易に公約で約束してしまうのか?
 
 一度失敗したのはともかく、
 二度も失敗するのは、党としては、よほど馬鹿だと思う。

ーーー
 「障害者権利条約に批准する。」という、
 安易な方法論の約束を、
 かつての増税しない約束と同じで、
 将来反故にしてくれる政党なら、
 私は、まだ民主党を支持できるのですが。

 しかしこれは、
 相当、皮肉な話ですよね。

 自民党は、いちおう公約と政策集の2本立てに分けていて、
 公約でも、差別解消法の促進、政策集では、雇用促進法と差別解消法の推進をうたっているので、
 やはり民主党と同じく、障害者政策が下手で、よくないのではあるが、
 少なくとも、国際条約には触れていない。

 なんでも国連を純粋に信じてしまう、民主党の公約よりは、少しはましである。

ーーーーー
 戦前なら、「統治」
 戦後は、「ガバナンス」
 と言う言葉が好まれますが、

 どちらにせよ、民主党にはできていないようなら、
 将来の政権は、まだ遠いと思う。
 
 民主党、という政党自体には、あまり期待できないものの、
 それなりに優秀な人が一定数はいる、タマはほかの既成野党に比べれば、まだそろっている、民主党の議員達には、
 期待はしているのですが。

ーーー
 労働者の待遇改善の政策は、もちろん大事だが、
 それだけが目的なら、何も民主党を作る必要は無く、 
 昔の社会党のまま、国会第二党の筆頭野党で、よかったのではないでしょうか?

 本来、政権を目指すということは、
 平社員・係長・課長補佐ではなく、
 社長や専務や部長になる、ということです。

 小沢一郎さんは、まがいなりにも、それをしようとしたのだろうかどうかは、
 私には分からないが。

 政治制度自体が、
 戦後の「フランス・合衆国型」の政治制度は、「平社員・係長・課長補佐」が権力を握れる制度であるとはいえ、
 制度そのまま、
 「平社員・係長・課長補佐」として、政権を運営しようとしたのが、
 前回の政権獲得時の、民主党幹部の大半の実態だった、と思う。

ーーー
 「新入り・戦力外・窓際」が一番得をする極左社会を作ろうという、共産党は別としても、
  自民党の一部には、「社長・専務・部長」だけが得をすればよい、という極右もいるとしても、

 みんな・民主・生活・社民などの中道政党が、左右の程度の若干の差はあれ、
「平社員・係長・課長補佐」が一番得をする社会を作ろうというなら、
 
 結局、そういう「中道が王様である社会」が実現したとして、(合衆国やフランスではすでに実現しているのだろうが)、
 そんな社会で、じゃあ誰が「社長や専務や部長」に好き好んでなってくれるのか?
 と言うことになると思います。

 平和で豊かな時代なら、多数派の幸福度が高くていいのでしょうが、
 危機や貧困の時代には、向いていないんですよね。そういう社会は。

ーーー
 まず、世界中の人口増加と環境破壊。
 人類として尊厳を持って、原始退化せず、進化高度化していくためには、劣等障害者たちや雇用弱者たちにどう社会待遇させればいいのか?
 国連による単一価値観の弊害と、国家のエゴがある中で、どう世界を運営していくのがいいのか?

 3番目については、
 私の考えでは、
 弱めた国連、複数の地域機構同士の緩い分権、若干弱めた主権での各国家(特にガバナンス能力不足の途上国は。)、
 の3本立てが、いいと思うのだが。

 こういう危機に、どう対応するのか、
 本当に政権を取りたいなら、
 「社長や専務や部長の気持ちになって」考えてくださいよ。

 民主党の、
 頭のいい、政経塾なり高学歴高職歴のインテリの皆さん。
 そして、中程度に働き者で質実な、大中企業の労組の皆さん。

 比例は、みんなの党「以外」で、お願いいたします。 (2013年、参議院選挙)

 どうしても、党の熱烈な支持者であって、党の候補に投票したい方は、
 せめて、党名ではなく、河合純一氏以外の候補者名で、投票をお願いいたします。

ーーー
 「非拘束名簿式」 の説明 

 総務省(旧自治省)のHPより。
 (PDFの3ページ目。 自治省、2001)

http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/senkyo/san_kaisei/pdf/senkyo_p4.pdf#search='%E7%B7%8F%E5%8B%99%E7%9C%81+%E5%8F%82%E8%AD%B0%E9%99%A2%E9%81%B8%E6%8C%99+%E6%AF%94%E4%BE%8B+%E5%88%B6%E5%BA%A6'

 藤原よしのぶさん(生活党)のHPより。
 
http://www.yoshinobu-fujiwara.com/hirei/

ーーー
 この制度は、私は直感的にはあまりよくないと思いますが、
 公認がしっかりしていないと、とんでもない人が議員になります。

 政党が支持されれば、当選枠が確保されます。
 そして、党内の比例公認者の中から、個人名の票の多い順に、当選します。

 「みんなの党の党名」。+「みんなの党の比例公認者の個人名」。
 これの票数で、「みんなの党」の、比例の総議席数が決まります。

 みんなの党は15人の比例立候補者がいるので、情勢では、5~との記事が地方新聞に出ていますが、
 みんなの党の公認者の中で、河合純一氏が当選する可能性は、否定できないのです。

ーーー
 参議院選挙の場合、この制度が続く限り、
 比例の公認者は、「同じ党でほかに誰が公認されるのか?」を、党の選挙対策本部に問い合わせ、
 その決定内容に納得した上で、公認を引き受ける権利があります。

 なぜなら、
 この制度のある限り、
 有権者には、
 「この人が名簿に載っているから、この人の名前を書こう。この人を公認した党名を書こう。」という動機も生まれれば、
 逆に、「あの人がいるから、同じ党の別の人の名前を書くのは止めよう。この党名を書くのを止めよう。」という動機が、生まれるのです。

ーーー
 私は、河合純一氏の公認には、昨年末の衆議院選挙のころから、疑問を唱えてきたし、水野賢一議員や党の広報にも、意見具申をしてきました。
 
 党として、結論を出されたので、私も結論を出させていただきます。

 有権者の皆さん、
 比例は、みんなの党「以外」で、よろしくお願いいたします。

 どうしても、党の熱烈な支持者であって、党の比例候補に投票したい方は、
 せめて、党名ではなく、河合純一氏以外の候補者名で、投票をお願いいたします。

ーーー
 みんなの党の、選挙区の候補者への投票に関する、意見ではありません。

 また、この制度の絡み以外で、みんなの党の他の比例候補者の、議員しての資質に、全面的に他意があるわけでもありません。

 

 女性が安心して早婚・早出産できる社会を作ることが、障害者を強行生産する狂信母親層・詐欺母親層を、減らすことに、つながります。

平成25年7月7日午前1時30分
Kensuke Yamazaki 

 離婚に関する法制度・離婚後の女性の生計に関する社会保障制度の不備。
 一方で、国連条約教は過激なので論外ではあるが、一般的な穏健先進国水準で見られる、女性の人生での個人権利の向上。
 女性が得意でない分野にまで、無理をしてまで、男女平等の雇用と昇進制度を社会が作っている。
 ↓
 女性の晩婚化・出産年齢の高年齢化
 ↓
 障害者を産むなど、女性の本能機能としての「繁殖」において、
 社会貢献をしないで他人に迷惑をかけるにも関わらず、
 平然と狂信憲法に甘え、不良品の飼育費用を他人様にたかる、
 「きちがい」狂信母親層の出現。
 高学歴高職位の女性の場合、「やくざ」詐欺母親層の出現。

ーーー
 この悪循環を、何とかする必要がある。

ーーー
 まず、女性の晩婚化を防ぐ必要がある。

 社会の中で、女性が障害児を妊娠した時、産ませない、出産後の早期に障害がわかった場合(小学校入学まで)、安楽死に同意させる、
 このためには、どうすればいいのか?

ーーー
 やはり、一番の問題は、女性が晩婚化するので、「産み直し」がしにくい、現況である。

 現在30代の世代にとって、我々の祖母の世代は、子供をまだ6人7人、平気で産んでいた。
 私の母親など末子なので、私の母方祖母は、40代で子を産んでいた。

 だから、ある程度の年齢になっても、初産でなければ、女性は子供を産めるし、産めないなどと言うのは、ただの女性の甘えである。
 しかし、出産年齢が早めであるほど、産みなおしの時間的余裕・体力的余裕があるのも、事実。

ーーー
 そこで、女性に早婚早産していただくには、どうすればいいのか?
 
 これを、政治家たちは、本当に真剣に議論して、法制化する必要がある。

ーーー
 キリスト教徒や国連教徒達が、鬼の首をとったかのように、誇って喜んで非難する、イスラム圏やインドの下層の女性たちの、早年齢での望まない結婚と出産。

 こういう事例は、なにもキリスト教徒や国連教徒でなくても、今の先進国の人々には、評価されない。
 かつ、今後の先進国でも、昔のような家父長制度で、女性に対して、一生を親が決めた結婚と嫁ぎ先の家庭に縛る形態に戻すのは、無理がある。

 では今後の先進国、特に日本では、そういう事例でないやり方では、どうしたらいいのであろうか?

ーーー
 やはり、ネックになっているのは、
 離婚に関する法制度と、シングルマザーの生計に関する、制度だと思う。

 俳優の高島さんの悲劇的な騒動を見れば分かるように、
 現在の離婚制度は、ストーカー制度といっても、過言ではない。

 親子の縁は、直系血縁なのでその縁は、一生続くが、
 所詮男女の縁は、子供を作る機能までで、それ以上の一生の良縁かどうかは、まったく保証が無い。
 家庭内での、親子の縁と、夫婦の縁は、全く深さが別物なのである。

 子供にとっては、親の能力が、馬鹿・弱っぽち・不細工でなければ、
 両親とは、子にとって得になる、利害の一致する味方なので、
 子供が弱い幼少の時期に、両親の仲が円満であれば、同時に両方から面倒を見てもらえるので、たしかに便宜がいいし、より得になる。

 ただ、これは、そうであったら子にとってより都合がいい、という程度の話で、
 他人同士の人間関係に依存した条件である以上、
 子が、両親に、無理をしてまで両親同士の円満を求めるのは、ただの甘えであり、他人への配慮や社会性を欠いた行為なのである。
 決して、子供を、不要な意味で、甘やかしてはならない。

 両親が円満な家庭と比較しての話なら、それは、ただの狂信平等思想・過剰な共感きちがい病である。

ーーー
 この時点で、
 「子供のために」、両親は、無理をしてまでも家庭を維持すべきだ、という、
 狂信的で子供を甘やかした意見は、粉砕されるのである。

 それなのに、
 今は、未婚で平気でセックスや、遂には少数派とはいえ未婚出産までする女性もいる、こういう時代に、
 離婚に関して、過剰にストーカーな法制度を維持するのは、問題があるのである。

 片方が嫌がっているのにもう片方が近づきたいからといって近づけば、ストーカーになる。
 暴力詐欺での攻撃が人権法で禁じられた抜け道を利用して、
 つけあがった狂信弱者左派が、強者優秀者の右派に対して、ストーカー行為をさんざん悪用したために、
 世の中に、ストーカー規制法ができた。

 それなのに、なぜ、結婚制度だけ、ストーカー行為が、許されるのか?
 高島さんがどれだけ、ばかげた労力に、体力と時間を奪われて、さらには裁判で金まで奪われて、俳優としての社会貢献に使えた機会可能性を不当に奪われたか、
 法曹出身の政治家、小川敏夫さんなどは、どう高島さんに弁解や説明ができるのか?

 ストーカー結婚制度が、法曹の中の弱者や劣位者の小遣い稼ぎ制度になっているなら、
 その現世代の弱者法曹の生活救済や、今後の法曹の資格授与と採用制度の改良までふくめて、
 「法曹の中の法曹」のエリートの人たちには、自分たちの出身母体自体の改革を要する点が、多いのではないか?

ーーー
 もちろん、こういう時代遅れの結婚制度は、
 これまでの昔の時代には、男性女性双方の利益に一致していたから、続いてきた経緯はある。

 そのひとつが、要は、女性の離婚後や中年以降の生計を、どうするか?という問題である。

 普通の同程度の容姿の女性が、20代で店の売り子をしているのと、40代で店の売り子をしているのと、客としてどっちの店で、商品を買いたいか?
 答えは歴然で、女性は、寿命は男性より長いにもかかわらず、容姿の価値は20代にピークを迎えるという、花としての宿命を負っている。

 男性の体力とて、やはりピークは20代であるが、女性の容姿ほどには、それ以降の世代も暴落はしない。

ーーー
 では、30代以降は女性は知恵で活躍できればいいではないか?という意見もあるかもしれないが、
 女性は、遺伝的に、掃除炊事洗濯などの細かい家事作業や、育児業務の遺伝子は継いでいるので、その分野での潜在能力は、むしろ男性より高くても、
 多人数での人間関係に関わる集団行動の業務(特に成人男性を含む集団だと尚更)や、
 危険や責任の高い業務には、やはり向いていない。

 母親が優秀で父親がダメな例外家庭の子息は除いて、
 ほとんどの男性が、自身の母親を見れば、どれだけ自身の父親に比べて、
 女性のほうが得意な家事作業や育児を除いて、大きなことになるほど、母親のほうが無責任で、多人数の人間関係の適切な調整能力に欠けているか、
 たとえ簡易な見かけの調整はできても、万一破綻したときに責任者になれないで逃げ回るか、
 よく知っている。

ーーー
 だから、女性の下着・生理用品・化粧品のメーカーや、育児業界など、女性が得意な業種を除けば、
 細々した事務庶務などの、女性が得意な業務内容を除けば、

 中年以降の女性というものは、

 経営者にとって、
 容姿で使えるわけでもなく、
 かといって、会社の命運や顧客との信頼に関わる、責任のある大事な業務を任せられるわけでもなく、

 部下にとっては、
 たとえ指示通りに従ったとて、相手が上の人間として腹を切って責任を取ってくれるか不確かで、最悪だと嘘までついて部下に責任を押し付けたりする、

 本当に使い勝手の悪い、「はっきり申し上げて、非常に迷惑で負担、論外な、労働力」なのである。

ーーー
 これは、女性が、歴史的に遺伝的に、
 社会内の権力闘争の業務は、男性に任せて、
 女性内での容姿競争や父親の社会ヒエラルキーによって、
 つりあった男性に嫁いで、
 後は、女性の得意分野や、せいぜい責任者で無い知恵の意見具申で、内助の功をして、
 間接的に、権力闘争に関わっていたのだから、
 
 直接、女性が急に権力闘争に関わると、
 本能で能力が無いことをするものだから、
 めちゃくちゃな混乱を招くだけになることは、
 当たり前なことなのである。

 鯨が空を飛べず、
 ほとんどの鳥が海に深くもぐれないのと同じである。

ーーー
 この、中年以降の女性の労働価値の低さを、
 男性だけでは子孫を作れないので、子の母親として家庭内業務を与え、
 女性が女性の世界の分際に甘んじる限り、
 男性が一生面倒を見てやることで、
 これまでは、ひとつの秩序を保ってきたのである。

ーーー
 でも、そのやり方では、運の悪い女性が、相性の悪い男性と結婚すると、
 少数派だから見過ごされてきたが、
 離婚すること自体にさんざん苦労して、ようやく離婚できても、経済的に困窮する、
 その経済困窮が嫌だから、無理をしてがまんして家庭にとどまり続ける、
 こういう問題があったのは、今のイスラム圏やインドの下層女性の事例を見ないでも、十分わかる。

ーーー
 そういう封建結婚文化へのアンチテーゼとして、
 戦後、
 合衆国お墨付きのキリスト教やフランス人権宣言教の影響を受け、近年では国連教の影響さえ迷惑に流入した、
 日本の厚生労働省などは、 
 これまでは、無理をしてまで、雇用に男女平等を求めることをしてきたように、見受けられる。

 しかし、本質を見れば、
 新卒採用の華の年代はよくても、
 中年以降に、能力に見合わない待遇を得る、迷惑極まりないお局が社内に大量生産されるような、
 見せ掛けの男女平等雇用の、公共からの強制強要よりも、
 きちんと、中年以降の女性が、たとえシングルマザーでも通常の生計を立てられるような、社会保障制度を作るほうが、大切なのではないか?

 もちろん、女性が得意な分野(掃除炊事洗濯や育児)では、女性にもある程度までは責任のある仕事はできるし、
 それ以外の分野でも、負担が軽い庶務的な仕事は、できないことはない。

 しかし、女性を事務次官や市長にする社会が、
 本当に、女性にとっても男性にとっても、いい社会とは、
 少なくとも私には思えない。

 厚労省の村木氏は、冤罪にあったのは本当に気の毒だが、
 彼女の部下の誰かが詐欺犯罪をしたことは、事実だ。
 
 女性が上司であると、男性部下にこういう甘えが起こるなら問題だし、
 かといって、女性が下手に権力をかざして、女性相手や育児以外で厳しく振舞うと、
 車の運転の下手な人が、遅滞か人身事故かのどちらか両極端しかできないのと同じで、
 過剰に男性部下を抑圧されても、非常に男性部下にはストレスで、迷惑になる。

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 雇用の労働時間のシフトや在籍資格制度、
 大学の年間授業料や在籍制度、
 こういうものも、女性の出産や育児に配慮したものを作れば、
 女性が、安心して、早年齢で出産しやすくなる。

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 とにかく、
 男女で、本能を無視してまで、無理に雇用平等を実現して、
 男女ともに、雇用社会の中での不要なトラブルに苦しむよりも、

 やはり、
 女性が、安心して、
 早い年齢で、
 大学を中退することなく、雇用から完全除籍されることも無く、
 男性との「一生の」相性に過剰に心配することも無く、
 結婚でき、
 出産でき、
 中年以降の生計を過度に心配しなくてすむ、
 そういう、社会制度が、必要なのではないか?

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 早年齢で、
 女性が、
 個人の人生を、男性との相性リスクや学業雇用で過度に抑圧することなく、
 安心して出産育児できる社会を作ることが、

 社会で役に立たない、または役に立つ程度が極めて低い、
 不良品障害者を無理してまで出産したり、育児しようとする、
 女性本能の繁殖機能で、「不良」である、
 反社会的な狂信者母親層・詐欺師母親層を、

 健康な子供を産める、善良で健全な母親層から分離して、
 将来の絶滅や隔離することに貢献できる、プロセスだと思います。

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 もっとも、これまでの狂信的な失政制度の結果、
 そういう反社会的な生き方をしてしまった、障害者を持つ母親層に対して、
 もし彼女らが抵抗勢力化して勝手に傷ついて苦しむなら、

 すでに子供が義務教育修了以上なら、彼らの世代まで「だけ」は、健常者に迷惑や負担となる障害者の社会飼育を「お目こぼし」で認めてやることや、
 カウンセリング・環境教育・全ての親集団での出産育児保険制度などのソフト支援、
 向精神薬・犯罪を犯す前の任意の刑務所入所・合法動物虐待でのストレス解消などのハード支援は、
 行う必要は、あると思います。

 才能と努力

 山内議員やみんなの党の選対は、私に言われなくても分かっていると思うが、
 世の中の人事の基本は、「才能と努力」なのである。

 どちらかが欠けるなら、中堅どまり。
 両方欠けるなら、下層どまり。

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 「努力さえすれば、どんな無能な馬鹿(男女共通)・弱っぽち(男性)・不細工(女性)でも、社会の上層にいける。」
 という、狂信的な妄想は、
 合衆国の政治社会が、革命左派社会である以上、
 凡庸以下の日本人には、今の時代は狂信されやすい。

 しかし、そういう勢力にくみするようでは、
 みんなの党も、先行きは暗いと思う。

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 キリスト教徒の悪いところは、「あきらめる。」「譲る。」「調和する。」という言葉を、知らないこと。

 おそらく世界最古の「きちがい」かつ「やくざ」だった、教祖のように、
 甘えてだだをこねて、身の程にみあった以上の利益を、反社会的にずるをして、たかることしか知らない。

 新渡戸稲造さんの「武士道」と生き方は、決して100%のキリスト教ではない。
 南部藩の家老の子孫である新渡戸さんが、もともとの遺伝と青年時までの家庭教育で持っていた、日本文化・儒教分化・仏教文化のよい価値観に対し、
 それらに不足していた価値観のうち、キリスト教の中からよい部分だけを抽出して、
 社会の上層の遺伝子と個体をもつ新渡戸さんが兼ね備えていた、政治家に必要な適度なバランス感覚で、
 神道・儒教・仏教・キリスト教の長所だけをバランスよく配合し、
 作り上げた価値観なのである。

 もちろん、新渡戸さん個人の性格や好みもあって精製されているから、決して万人に適合される価値観ではないが、
 多くのまともな日本人や、まともな外国人から評価された、新渡戸さんの立派な価値観と生き方は、
 そういうプロセスで、生まれたのである。

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 新渡戸稲造さんや彼の周囲の人たちを見て、
 「キリスト教徒とは、ああいう人たちだ。」、などとは、思わないでください。
 新渡戸さんは、キリスト教だけではなく、神道や儒教や仏教の長所要素もかね備えた、人格者です。

 キリスト教の本質は、
 日本と違って、もともとピテカントロプスまでの文化しか持たなかった、中南米に、
 キリスト教が、しかも改革後とはいえ旧教が、そのまま入った、
 中南米の中流下流社会をみれば、すぐわかる。

 甘え・無責任、いっぽうで、どうしようもない反社会的な私利私欲と強欲。
  
 気の毒な話であるが、中南米は、欧州が近代国家になった後の近現代の時代に、まだ中世前半の欧州と同じ暗黒な宗教社会を、つい近年まで運営していたのである。

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 合衆国は、
 新教社会で、ある程度頭を使って生きないと冬を越せない温帯社会で、「先祖が原始先住民→キリスト教洗脳」の人の数は圧倒的少数派なので、
 中南米に比べれば、甘えたかりのわがまま強欲は、露骨や単純ではない。
 それでも、近代欧州の新教のキリスト教が、そのまま入った社会である。

 今は世界の覇権国で富も手に入るので、下流以外は、「衣食足りて、ある程度は礼節を知っている。」程度である。

 決して、新渡戸稲造さんの人生でのキリスト教とは、異なるのである。

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